第60話


 次の瞬間、ビリーの奇行の理由を、トランボは嫌でも理解させられる。


「なっ!?」


 咆哮と共に、そいつらは脇の藪の中から飛び出てきた。

 二匹の魔物、二匹のフェンリルたち、ソールとボレアスが。

 ボレアスは、ジャックマンに向け、炎のブレスを放つ。

 ソールはドルトンに圧しかかると、首に喰らいついた。

 業火に包まれる、ジャックマン。

 ドルトンの血潮が、盛大に飛び散る。

 何故こんなことになっているのか、トランボには分からない。

 こんなどんでん返しを、トランボは知らない。

 あまりにも呆気なく、勝利に見放された。

 だけれども、唯一分かることがある。

 こいつは、全てをひっくり返しやがった。


「ジャックマン! ドルトン! き、貴さ……ガッ!?」


 怒りは、途中までしか声にならなかった。

 顔面に、次いで、後頭部に衝撃が走る。

 ぶん殴り飛ばされ、地面に仰向けに叩きつけられたことを自覚したのは、額に冷たいものが押し当てられてからだ。

 金属の筒であることは分かった。銃と呼ばれる凶器だ。


「!?」


 だが、トランボが恐れるのは、突きつけられた死ではない。

 パンを捨て、銃を構えるビリーの口元、煙草のように咥えられている銀色の細い――笛。

【使役笛】だ。騎獣にする魔物を躾けるために使われる、マジックアイテム。

 一体、いつから吹いていた?

 そもそも、手にしてすらいなかったはずだ。なのに、どうやって?


「畜生っ!」


 銃声!













「一体、お前の契約者たる【騎士ドラウグル】は、なにを?」

「力じゃ、絶対他の【騎士ドラウグル】には敵わないのよ、でも」


 驚愕するディスコルディアに対し、出現したイシスは笑う。


「策謀なら、誰よりも最強なのよ。我が契約者たる【騎士ドラウグル】ビリー・ザ・キッドは」


 嘲りはない。誇りと、純粋な称賛で。


「まさか、ごたごたに乗じて、あのゴブリンの亜人の老人の懐から掏った笛を、パンの中に仕込んでいるなんて誰も思わないのよ。パンを食べるふりをして、ずーっと吹いていたことだって」

「成程な!」

「でしょう? それにあのフェンリルの子供たち、よーく躾けられているから分かっているのよ。笛を普段と違う吹き方されたら、異変を察知してすぐ駆けつけてきたのよ」













「ソール! ボレアス!」


 ゲンゾ―の声に応え、ソールとボレアスが駆け寄ってくる。

 ひらり、と――ゲンゾーはソールに騎乗した。


「逃げるぞ! 皆、乗るんじゃ!」


【名無し】の剣がその声に応え――る前に、振り返る。

 キリはまだ、震えていた。


『逃げるぞ!』


 手を取る。引いて、行こうとする。

 だが――


『……!?』

「や、やだぁ……」


 キリは、しゃくり上げた。黄金の目から、涙がぼろぼろ落ちる。


「もぉ、嫌だよぉ……こんなのぉぉ」

『ちょ、おい!』

「お父さぁぁぁん! お母さぁぁぁん!」


 そのまま、しがみついてくる。しがみついて、大声で泣きだした。

 恐慌を起こしているのは、明らかだ。

 無理もない。トルシュ村の壊滅だけで、キリは相当な傷を負っている。

 その傷に、塩を塗り込まれたのだ。


「もぉ嫌だぁぁぁ!」

『……泣くのは後にしろ!』


 心を鬼にして、泣きじゃくるキリを引きはがす。

 気がすむまで、落ち着くまで、ゆっくり泣かせてやる時間はないのだ。


『頼む』


 そのまま、ビリーに押し付ける。

 察したビリーはキリを前に抱え、フェンリルの片割れに騎乗する。


「あんた、魔物の騎乗経験はあるのか?」

「ねぇよ。けど、西部ワイルドウエストじゃじゃ馬ロデオに乗れるなら大丈夫だ」


 泣き声は、すぐに聞こえなくなった。舌を噛まないよう、ビリーが首に巻いていたスカーフを口に突っ込んだからだ。

 キリの心を思えば、一緒に騎乗するべきなのだろう。

 だが、キリの安全を考えれば――


「早うせい!」


【名無し】の剣士はソールに、ゲンゾ―の後ろに騎乗する。

 そして――













 AARRGH!!


 ――身体を、硬直させる。


 全員、妙にぎくしゃくした動きで、首を後ろに向けた。


「くゅぅぅぅっ!」

「くゅぅぅぅっ!」


 二匹のフェンリルから上がる、怯えの鳴き声。

 視線が注ぐ、その先。

 そこに、炎がある。

 ボレアスが吐いた、炎のブレスの残滓だ。

 敵は最早、中で残骸と化しているはず、なのだが――



 ……AWOOOOOOOOOOOOOOO!!!

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