第56話
「しっかり掴まれっ!」
「は、はいっ!」
ボレアスは凄いスピードで駆けているから、叫ばないと返事は届かなかった。
振り落とされないよう、前に乗るビリーの背に必死にしがみつく。
その傍らを、ゲンゾ―じいちゃんとデッド・スワロゥを乗せたソールが駆けている。
ボレアスの背に乗ったのは、実は初めてだったりする。
それもこれも――
AWOOOOOOOOOOO!!!!
叩きつけられた恐ろしい咆哮に、背中がびりびりと震えた。
咆哮の主は、追っ手であり――
ざゃあぁぁぁっ!
アシュロンの森の木々が、大きく鳴った。
ずぅぅんっ!
直後、重い衝撃が、地面を鳴らした。
そいつの姿が見えた時、キリは知る。
猛スピードで走るソールとボレアスの上を飛び越え、行く手を遮るように降り立ったことを。
一言で言い表すなら、そいつは狼だった。
おそろしく大きい。ソールやボレアスよりも、ずっと。
全身を覆う毛並みは、嵐がやって来る前の静けさの曇天を思わせる灰色。
異様なのは、その目だ。縦長の瞳孔を内包したそれは、まるで猫のよう。
「逃すか!」
「分かれて、跳べっ!」
「刃となりて、切り裂け、かまいたち!」
ゲンゾー爺ちゃんの声にソールとボレアスが応えるのと、灰色の大狼が人の言葉で魔法を発動させるのは、同時だった。
風の刃が、荒れ狂う。アシュロンの森の木々に、爪痕を穿つ。
ソールとボレアスは、ジグザグに跳んで避ける。
間一髪。
だが、それは囮だった。
「炎の槍よ、穿て!」
本命は、こっちだったのだから。
炎でできた槍が、ソールに向けて放たれる。
正確に言えば、ソールにじゃないのだけど。
「デッド・スワロゥ!」
大狼は、追っ手である前に復讐者だった。
炯々と燃える殺意の焔を宿した茜色の目は、デッド・スワロゥだけを見ている。
時計の針を、少し戻そう。
戦いの後、【名無し】の剣士はキリと一緒にいた。
ビリーは、この場にいない。あの亜人の男――ゲンゾーというゴブリンの亜人と一緒に小屋に入ってしまって、それっきりだ。
入って少し休むようビリーは言ったが、キリは断った。
「休めなくても大丈夫だから、今はデッド・スワロゥと一緒にいたい」と言っていたから、ゲンゾーとなにかあったのだろう。
キリにあからさまに拒絶されてうなだれていたし、何よりビリーから軽蔑の眼差しを受けていたから、どうやら悪いのは一方的にゲンゾーのようだ。
「これで、全部、だと思う……多分、だけど」
意識を現実に戻す。見下ろせば、キリと目が合う。
その手には、青いきらきらした石があった。件の最強種の魔物、【陰月】クロムクルゥワハとの戦いのごたごたで壊れてしまったペンダントの残骸だ。一緒に一生懸命、必死になって探したもの。
「拾うの、手伝ってくれてありがとう、デッド・スワロゥ」
哀しみに満ちた声は、しおれたタンポポを思わせた。
無理もない、色々ありすぎたのだ。
「ねえ、デッド・スワロゥ」
すがるような眼差しは、救いを欲していた。
「デッド・スワロゥは、わたしを裏切らない、よね? わたしを置いて、どこかに行ったりしない、よね?」
その小さな頭を撫でてやる。
答えてやれないなら、せめてこれくらい――
「【名無し】の剣士よ」
耳元で、囁かれる。
振り向けば、ディスコルディアが出現していた。
気のせいだろうか。どこか不機嫌そうである。
「なれ合いの最中で悪いが、ちと助言を与えてやろうと思ってな」
キリは、身体を強張らせた。
「お前たちにお客のようだぞ。わたしにとっては好ましいがな」
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