第5章 VS.ウールヴヘジン
第55話
息子の目が開く前に、父は暴漢たちに襲われて死んだ。
母は自分たちを捕らえようとした奴隷狩りに最後まで抵抗し、人質にとられた息子の目の前で嬲り殺しにされた。
決して珍しいことじゃない。父と母は、この世界に憎悪されていたのだから。
魔族――人間によく似た容姿だが、強靭な肉体と霊性を秘めた血、青い肌と猫のような縦長の瞳孔を内包した眼を持った「悪しき」者。
かの魔王に最も近い存在とされた種族だが、500年前の戦いで【転生者】が放った「異なった」世界の超兵器、【太陽の皇帝】によってそのほぼ全てが滅びたという。
父と母は、今や滅亡の危機に瀕している魔族の亜人の末裔だった。
その二人の間に生まれたジャックマンも、同じく。
ジャックマンの記憶の中の母は、美しく、強い
周囲の悪意や奴隷狩りと戦い、常にジャックマンを護ってくれた。
深い傷を負っても、戯れに罵りを浴びせられても決して涙を見せず、笑顔を絶やさなかった。
なにより、ジャックマンを深く愛してくれた。
ジャックマンにとって、母は誇りそのものだ。
いつか自分も母と同じ、優しくて強い大人になれればと思っていた。
「母さん、母さんは辛くないの?」
ある時、まだ少年だったジャックマンは母に聞いた。
「みんなからひどいことを言われて、傷つけられて……なのに、なんで戦えるの? どうして、笑っていられるの?」
「強くなれたからよ」
母は、言った。
「お母さんね、家族も身寄りも誰もいなくて、ずっと一人だったの。でも、エラルドに……あなたのお父さんに出会って、あなたを授かって、一人じゃなくなったの。一人じゃなくなるってね、すごいことなのよ。自分以外の誰かの温かさを、知ることができるんだから」
「父さんと俺って、体温が高いの? 体温が高い人が近くにいると、母さんみたいに強くなれるの?」
「そうじゃないのよ」
母は、苦笑した。
「人の温かさっていうのはね、好きで好きでたまらなくて……なんて言うのかな? 自分が一生かけて……形はどうあれ護り抜ける、愛し抜ける、自分以外の誰かから一番伝わってくるものなの」
「…………」
「エラルドとあなたが、わたしにとってそういう存在だった。だから、わたしは戦えた。強くなれた」
「俺にもいるのかな? そういう人」
「いるわよ、必ず」
母は笑って、優しくジャックマンを抱きしめた。
「いつか、必ず会えるわ。あなたはその時、きっと強くなっている」
「……なあ、母さん」
今は亡き母に向けて、もう少年でなくなったジャックマンは呟く。
「そいつの温かさが無くなって、そいつのために全て投げ打っていいっていう強さが無意味になっちまったら……俺は、一体、どうしたらいいんだ」
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