第50話
運送業を営むゲンゾーじいちゃんは、「悪」しき種族、ゴブリンの亜人である。でも、キリたちには頼りになる力強い大人だ。
肥料とか布とか調味料とか、その他必要でもどうしても手に入らないものを、トルシュ村に運んできてくれた。文字通り、とても危ない橋を渡って。
物心つく頃からの付き合いで、いつも優しくしてくれた。
トルシュ村に来てくれる度、みんなで物資を下ろしたり確認したりする手伝いをした後必ず、キャラメルやキャンディをくれた。「手伝ってくれてありがとう、お駄賃じゃよ」と。
「嘘、だよね……?」
ビリーが言っていることが正しいのなら、ゲンゾーじいちゃんはトルシュ村の壊滅に一役買っていたということになる。
キリが知る優しいゲンゾーじいちゃんは、トルシュ村のみんなを殺したあの恐ろしい人たちの仲間だということになる。
「嘘だよね、ゲンゾーじいちゃん? ビリーさんが、一方的にひどいことを言っているだけなんだよね?」
キリの問いに、しかし、ゲンゾーじいちゃんは答えてくれなかった。
それ自体が、答えだった。
ゲンゾーは、深々と息を吐く。すべてをあきらめた、老人のため息だった。
「ビリーさん、というのかの、あんた」
「ああ」
「そうじゃ……ワシが、ことの全ての元凶じゃ」
「……!!」
「連中とは、斥候の依頼で訪れた冒険者たちを通じて知り合った。トルシュ村の位置を、向かうのに安全なルートを教えた。報酬に、この家を建ててもらった」
「…………」
「キリちゃん、すまん……本当に、本当に。じゃが……」
キリは全てを聞かなかった。
立ち上がり、そのまま小屋を飛び出す。
「追わんでも大丈夫じゃ。ソールとボレアスがなんとかしてくれる」
「じじい、てめぇ……」
「この、裏切り者の老いぼれを撃ち殺してくれていい。ワシは、それだけのことをしてしまったんじゃ」
キリは、外に飛び出した。
外にいたソールとボレアスがじゃれついてきたけど、無視した。
地面にへたり込む。涙は、もう出ない。
泣き声すらも。
「わたし、なんで、生きてるんだろ」
キリは、非情な現実に打ちのめされていた。
そんなキリを、藪の中からじっと見る者がいる。
キリという少女が非情な現実に打ちのめされていることを、彼らは知らなかった。
彼らもまた、非情な現実に打ちのめされていたのだから。
キリたちが後にしたトルシュ村に、彼ら――ジャックマンとウィリアムはいた。
文字通り、全てが終わっていた。
「死んだ? ……イカズチの、奴が……」
「…………」
上官であり、昔からの親友であり、【黒竜帝国】の英雄の一人である男は、一足先に着いたトルシュ村で待っていた。無惨な死体に成り果てて。
【六竜将】イカズチが、死んだ。
信じがたい事実である。
だが、現実なのだ。
駆け付けた時、イカズチは既に事切れていた。
「……誰が、殺した……!」
その体は、軽かった。
命を失う、ただそれだけで、人の体は朽ちた古木のように軽くなる。
「……誰が、殺しやがった……!」
ほんの少し前まで、不敵に笑っていた。
【スコルピオン・デス・ロック】を振るう、ジャックマンが知る限り最強の男は。
「……一体、誰が、誰が殺しやがった! 俺たちの上官を、俺たちの英雄を! なにより俺の
イカズチの死体を抱き上げ、ジャックマンは叫んだ。
「殺してやる……!」
生きながらにして魂を引き裂かれた者の、悲痛な慟哭だ。
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!
俺が持つ全ての力をかけて、殺してやる!
ジャックマンが復讐の宣告を放っていた時、その傍らにウィリアムは既にいない。
「【オリジナル】だと?」
「はい」
左手に手袋をはめなおす部下から、検死の報告を聞いていた。
「【サイコメトリー】のスキルで読み取った結果、凶器の日本刀は【オリジナル】であることが分かりました。視えた恰好から、相手は転移者、或いは、転生者かと」
「ウィリアム軍曹!」
別の部下が、駆け寄ってくる。
「至急、お伝えしたいことが!」
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