第48話



【名無し】の剣士が遭遇した双剣竜ブラッドブレイドは、二体。群れとしては少ない方だろう。

 双剣竜ブラッドブレイドたちは、【名無し】の剣士の周囲をぐるぐる跳ね回っていた。

 周囲の木々、迷い込んだ者の行く手を阻むように生えるそれらは、されど脚力が強い双剣竜ブラッドブレイドにとっては自在に行き来できる足場である。

 双剣竜ブラッドブレイドの恐ろしいところは、俊敏性と、慎重な性格だ。

 確実に獲物を狩るために、常に群れて襲いかかる。更に、時間をかけてでも追いつめるように動き回るのだ。

 実際、双剣竜ブラッドブレイドたちはそうしている。足場の間を猛烈なスピードで移動し、【名無し】の剣士を翻弄するために。

 積極的に襲い掛かれば、確実にやられる。

 他の多くの魔物たちがやられたのを見て、そう判断したのだ。

 彼らは心身ともに【名無し】の剣士が疲れるのを待っている。疲れ果てたところを、一気に仕留めるために。

 そうでなくても、どちらか一体に気をとられれば、もう一体が仕留める。

 完璧な作戦だ。実際、彼らはそうやって数々の獲物を仕留めてきた。

 だが、【名無し】の剣士は刀を構えたまま、微動だにしない。

 あろうことか、目を閉じているではないか。

 諦めたのか? だが、それならそれで都合がいい。

 瞬間、動きを変える。

 阿吽の呼吸で、大きく跳ねた。

【名無し】の剣士に向けて――一体は正面から、もう一体は背後から――一気に、攻撃を仕掛ける。

 必殺の爪の一撃を、同時に繰り出す。異なる方向から、仕留める戦法だ。


 これで、決まる――














 ざむっ!

 ぞしゅっ!


 ――はずだった。



 胴と首が分かれる音と肉を貫く音が、ほぼ同時に二体の双剣竜ブラッドブレイドから響き渡る。

 それが自らが絶命する際の音色だと、彼らが知ることはなかった。








 ディスコルディアは、全てを見ていた。

 双剣竜ブラッドブレイドたちは、見事なチームプレイだった。

 猛烈なスピード、「異なった」世界の表現を使うのなら弾丸の速さで【名無し】の剣士の周囲を跳ね回り、翻弄する。

 翻弄したところで、異なる方向から同時に、正面と背後から必殺の爪の一撃でもって、【名無し】の剣士を仕留めようとした。

 しかし、瞬間――


「なんと!?」



【名無し】の剣士は、前に出た。

 

 ざむっ!


 刀の一閃で、正面の双剣竜ブラッドブレイドの首が刎ね飛ぶ。

 同時に、両手から右手に刀を持ち替えた。

 その際、しゃんっ! と刀を回転させる。

 身体を前に折り曲げるのと同時に、【名無し】の剣士は柄の握り方を順手から逆手に変えた。

 姿勢を低めるのと同時に、【名無し】の剣士は背後に向けて刀を突き出す。

 正面の双剣竜ブラッドブレイドの首が地面に落ちるのとほぼ同時に、背後の双剣竜ブラッドブレイドの腹腔が貫かれる。


 ぞしゅっ!


 それが、引き金となる。

 注意深く戦いを見守っていた魔物たちは、双剣竜ブラッドブレイドたちの敗北を知ると、一斉に逃げ出した。中には、みっともなく悲鳴を上げているのもいる。

 幻ではないから、影も形も見えていたはずだった。

 ただ、捉えることができなかっただけだ。

【名無し】の剣士が完全に納刀する頃には、全ての魔物たちはこの場から逃げ出していた。


『……!?』


 だが――


〈人間、にしては、豪胆だな〉




 無意識的に、【名無し】の剣士は頭を押さえる。

 声、ではなかった。

 とらえたのは耳朶ではなかった。とらえたのは、その遥か内側、直の精神。

【名無し】の剣士は、目を大きく見開く。視線の先に、そいつはいた。

 いつ、どのようにして現れたのか、分からない。

 木々の奥、わだかまる闇の向こうに、大きな影が立っていた。

 流木のようにしなやかな四肢の先には、固そうな蹄。なびくのは、長い尾とたてがみ。


『馬!?』


 そいつは、馬だった。

 月のない夜の色の毛並みを持つから、黒馬というべきだろう。


『いや、馬はこんな面白い芸当はできないよな』

〈ほぉぅ……驚かないのか、お前は〉


 かつかつと、黒馬は――否、黒馬の姿をしたなにかは、前足の蹄で地面を叩いた。その所作は、わざとらしく拍手する様に見えなくもない。

 ただし、そこに嘲笑はない。

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