第47話


 そのゴブリンの亜人は、ゲンゾーと名乗った。

 アシュロンの森に一人住む者だと、フェンリル――の子供たちと共に運送業を営む者だと。


「まー、違法なんだろーけどな。でも、生きるためにゃあ仕方ねえな」


 ビリーは、天井を仰ぎ見た。

 ところ変わって、ここは小屋の中である。

 小屋といっても、しっかりとしたつくりをしていた。柱は歪んでいないし、屋根や壁板に穴が空いていることもない。

 招かれておきながら思うのはアレなのだか、独り身の老人の住まいとしては、随分立派すぎる気がした。






 ビリーが知る限り、この【異世界】でゴブリンの亜人であることは、不幸そのものである。

 歴史そのものが、理由だ。

 かの【転生者】はどういうわけか知らないが、ゴブリンの亜人を激烈に嫌っていたという。

 伝えられるところによると、【転生者】は人々にこう説いたとされる。


 ――ゴブリンの亜人は、集団で旅人や隊商を襲い、奪う。

 ――男は殺して使役する魔物たちの餌に、女は生かして次世代を残すための苗床に。

 ――その存在は、悪辣極まりない。


【魔王】に追随した種族の一つであったため、この説法は後の「善なる」種族たちにすんなり受け入れられたという。

 底なしの大バカだと、ビリーは思っている。

 もしそうならきっと、殺人に手を染める人間はいないのだろうし、エルフに強姦魔はいないのだろうし、盗みや詐欺をはたらく獣人はいないのだろう。

 素晴らしきかな、【異世界】。


「ゲンゾーじいちゃん、本当に、ごめんなさい」

「気にせんでいい。これぐらい、慣れとる。それより、キリちゃん」


 ゲンゾーは椅子に座るキリに、ジュースを勧めた。


「なんで、こんな所におるんじゃ? 今日、結婚式だったハズじゃ」

 結婚式――思い出した途端、キリは涙を抑えることができなかった。














「刺繍、随分うまくなったな」

「いつまでも下手くそじゃないもん。だから、からかうのやめてよ、ロナー」


 結婚式が行われる何日か前、キリは村のご近所さんたちと一緒に婚礼の衣装に刺繍をしていた。

 キリは、刺繍が苦手だった。気を抜くと、いつも針で指を刺してしまうからだ。

 それでも、一生懸命頑張っていた。

 そうなれたのは、他ならぬロナーのせいだ。

 いつだったか、キリはロナーの誕生日にハンカチをプレゼントしたことがあった。

 はっきり言って、散々だった。

 不死鳥をモチーフにした自信作を、「え、なにこれ、鳥の巣?」と真顔で言われて、ひどく悔しい思いをしたからだ。

 そんなロナーを見返してやるため、キリは隠れて刺繍の練習に励んだ。

 次のロナーの誕生日、びっくりするくらい素敵な刺繍を入れたハンカチをプレゼントしようと思ったからだ。

 でも、もうその機会は永遠に来てくれない。

 だって、ロナーは、もう――


「ぅ、わあぁん……!」













 突然、火がついたように泣き出したキリを前に、ゲンゾーは大きくうろたえた。


「一体……一体、なにが、あったんじゃ?」


 無理もない。彼はなにも知らないのだから。


「トルシュ村が、やられた」

「なんじゃと!?」

「ドラゴンの旗の連中が、村人を虐殺しやがった。助かったのは、この子だけだ」

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