第46話


 ザンッ!


『獣、にしちゃあ、でけぇな』


 ザンッ!


「獣ではない。こいつらは魔物だ」


 ザンッ! ザンッ!


『魔物?』


 ザンッ! ザンッ! ザンッ!


「お前が知る獣とは別のカテゴリに属す……が、動物ではある生物だ。この世界では、割とありふれている。大抵、フレンドリーではないが」


 ザンッ! ザンッ! ザンッ! 


『いまいち分からん。つーか、ディスコルディア、分かるように人間の言葉で喋ってくれ』

「モノを知らなすぎるお前が悪いのだっ、【名無し】の剣士!」













 異様な咆哮が、四方八方から聞こえてくる。

 それらは不気味に轟く。アシュロンの森の木はみしみしと震え、黒い葉をざやざやと鳴らす。

【名無し】の剣士は、咆哮の持ち主たちに囲まれていた。

 猿がいて、犬がいて、ウサギがいる。虫や、トカゲもいる。

 虎や獅子や駝鳥だちょうといった、絵巻物でしか見たことがない異国の生き物たちもいる。

 そいつらの姿は、実に様々だ。だが、どれもどこか姿が異なっている。

 猿の爪はあんなに長く、鋭かったか?

 ウサギに、角なんて生えていたか? 

 虫は大きさが子供ほどもあって、ここまで相手に殺意と敵意を抱くものなのか?

 姿だけしか知らない、異国の生き物たちだって――






【六竜将】イカズチを打ち破ったのはいい。

 だが、激戦の場となったトルシュ村を出た【名無し】の剣士を待っていたのは、さらなる戦いだった。

 出口を求めてあてもなくうろうろ歩く【名無し】の剣士は、アシュロンの森の魔物たちにとっては格好の獲物だったのだから。

 ザンッ!

 刀を振るう。また一体、魔物を屠る。

 まあ、これだけ標的が沢山いれば、狙わなくても当たるのだが。

 逆に言えば、それだけ沢山の敵に囲まれているというわけである。

 当然、全て返り討ちにしてやった。しなければ、前進できないのが一番の理由だが。

 だが、返り討ちにしても返り討ちにしても、魔物たちが退く様子はない。

【名無し】の剣士が歩む道は、魔物たちの流血と屍に彩られていく。


「きりがないな」

『冗句か? キリがいねぇし』

「混ぜっ返すな!」

『なんだ、冗句じゃないのか。だとしても、早いところ探して……ん?』

「どうした?」


【名無し】の剣士が答えることはなかった――言葉では。


 ドガンッ!


 地面が、爆ぜ割れる。

 土煙と同時だった。そいつらが、地面から飛び出してくるのは。


「おおお、こいつらは……双剣竜ブラッドブレイド!」


 ディスコルディアの声が、熱を帯びる。


「喜べ、馳走だ。殺り甲斐のある強者だぞ、【名無し】の剣士! ネギどころか、鍋と火種と蕎麦そばを背負った鴨が、飛び込んできた」


 聞くまでもなく、【名無し】の剣士の目は、喜色に満ちて輝いていた。

 出現したのは、新手。二体の魔物。

 一言で言い表せば、二足直立のトカゲだった。

 身長二メートル前後。真紅の鱗が装甲のように全身を覆い、両手には鎌のような爪、爬虫類特有の目は冷酷に光っている。

 周囲の魔物たちは沈黙した。じりじりと、向かい合う同士から距離を置く。

 それだけで、察する。こいつらは周囲の連中から恐れられる存在――強敵に違いない。

【名無し】の剣士は、刀を構える。

 新手の魔物たち、二体の双剣竜ブラッドブレイドの喉から、甲高い咆哮が上がった。敵を、驚異の存在を目の前にした、鬨の声か。


「喰え、喰らえ、好きなように喰い散らかせ! 奴らの命を、喰い千切れ!」


 ぎゃりんっ、と。

 刀と爪が、激突し合う。













 故に、この場にいた全てが気付けなかった。

 今回の大騒動は、アシュロンの森を盛大に震わせた。

 滅多なことで動かない存在を、起こすことになってもおかしくないくらい。












✟✟✟✟✟✟


 駝鳥だちょう

 ヒクイドリのこと。

 江戸時代に「駝鳥だちょう」と呼ばれたのは今で言うダチョウではなく、ヒクイドリ。

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