第41話 前へ、外へ。


 膝が、つかれる。がくり、と頭が前に傾く。

 倒れ伏さなかったのは、得物を手放さなかったのは、【六竜将】であることの矜持か。


 ギャリリリリッリ……


 イカズチの死と共に、【スコルピオン・デス・ロック】もまた、永遠に止まる。その手から落ち、地に転がる。













【名無し】の剣士はゆっくりと、刀を納めた。

 荒い呼吸を、繰り返す。


『勝っ、た……!!』

「見事! 見事!! お見事っ!!」


 今再び、ディスコルディアが出現する。


「よくぞ……よくぞ、勝った! よくぞ、あの者を打ち破った!! 素晴らしきかな、我が契約者! 我が【騎士ドラウグル】よ、褒めてつかわすぞ!」


 その声は、狂熱ねつを帯びていた。

 藍色の目は喜色に輝いている。興奮で頬がほおずきのように赤く染まっている。


「なれど、無謀にも突っ込んでいったときは……流石のわたしも、ひやりとしたぞ」

『あの奇怪な得物を突破するには、ああするしかなかったんだよ』

「ほほぅ?」

『にしても、ああ……クソ、畜生! 痛ぇ』


 けるような激痛が、身体を蹂躙する。

 左肩が、ざっくりと、大きく裂けていた。

 その前のダメージも、ぶり返してくる。

 膝をつく。今更だが、【スコルピオン・デス・ロック】を破るための代償は大きすぎたらしい。













 イカズチの得物こと【スコルピオン・デス・ロック】は、サソリの尻尾みたくトリッキーな動きで相手を翻弄し、仕留める武器だ。これは、「異なった」世界の武器、蛇腹剣じゃばらけんにも共通する。

【名無し】の剣士が目をつけたのは、トリッキーな動きを生み出すもの。

 それは、イカズチの手だ。正確に言えば、手首の力。

 音から察するにかなりの重量があった。ならば、手首の力を大きく利かせる必要がある。

 故に、こう思った。

 どのように振るわれれば、【スコルピオン・デス・ロック】が持つ本来の威力がもっとも軽減された状態になる?

【名無し】の剣士は戦いの最中、その答えを見出した。




 ――【スコルピオン・デス・ロック】は、剣のつよさと鞭の柔軟やわらかさをあわせ持っている。


 だが、イカズチは剣のつよさより鞭の柔軟やわらかさに頼っていた。




 ――相手が迫ってくれば剣による迎撃を、退こうとする相手には鞭による追撃を可能とする。


 だが、イカズチは剣による迎撃よりも、退こうとする相手への鞭による追撃に頼っていた。







 おそらく、イカズチにとって【スコルピオン・デス・ロック】は、「柔軟やわらかさを持つ、追撃可能な鞭」という武器だったに違いない。

【名無し】の剣士が知る限り、鞭にはある致命的な弱点がある。

 

『鞭ってのは、手首の力を大きく利かせてしならせることで威力を増幅させる武器なんだ。だから、直進してくる目標に対しては効果が薄い。威力がガタ落ちすんだよ』

「なるほど!」


 自らの経験と知識、そして咄嗟の判断に、【名無し】の剣士は全てを賭けた。

 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに――イカズチに向かって、突っ込んだ。

【スコルピオン・デス・ロック】の一撃は、甘んじて受けた。

 最もダメージを負わないで勝つための代償と思えば、軽いものだ。

 そして、【名無し】の剣士は勝った。

 だが――


「…………」

『なんだよ、黙り込みやがって。お前らしくない。まさか、心配でもしてくれてんのか? 【騎士ドラウグル】の傷はすぐに癒えるって、言ったのはお前じゃないか』

「我が契約者たる【騎士ドラウグル】よ」


 すっ――と、手が差し伸べられる。


「……ひざまずけ」

『……は!?』

「いいからっ、ひざまずかぬかっ!」

『な、なんだよ、いきなり!?』


 悪態をつくも、口調から察するに冗句や戯れではないようだ。

 仕方なく、言われた通りにしてやることにする。

 どうせ敬意を表してやるわけではない、どうせ形だけ。

 片膝を、地面につく。そうすることで、ディスコルディアより低い姿勢となる。

 衣擦れの音。ディスコルディアが、目の前に立つ。


『お前、なにを……』

「じっとしていろ。動くな」


 瞬間、目の前が、光に覆われる。

 ふわり、と――何かが、体をなぞった。

 絹の柔らかい布地で、肌をやさしく拭われるような感覚だ。


『……な!?』

「此度の殺し合たたかい、見事であったぞ。褒美を取らす」


 触れるそれは、【名無し】の剣士に覆い被さるようにしているそれは、ディスコルディアの背から広がる大きな純白の翼。

 驚くも、当然声にはならない。

 翼が、傷に触れる。痛みを感じることはなかった。痛みが、和らいでいく。


「だから特別に、この【魔神】ディスコルディアが直々に癒してやる。これからも戦い、殺すことを励め。流血を、命を、魂を、死を、わたしに捧げよ。我が【騎士ドラウグル】……【名無し】の剣士よ」













 鬱蒼としたアシュロンの森、「異なった」世界におけるシュヴァルツヴァルトを思わせるようなそこを、【名無し】の剣士たちは歩いていた。

 トルシュ村、【六竜将】イカズチとの死闘の場は、すでに遠い背後だ。

 まずは、先に逃げたビリーたちと合流しなければいけない。


「……一つだけ聞いておきたいのだが、【名無し】の剣士」

『なんだ?』

「お前は、あの者どもを逃がすために一人残ったのではないのだな?」

『…………』

「【騎士ドラウグル】ビリー・ザ・キッドに手を出させなかったのは、お前が一人で戦うのは邪魔だったから、お前が一人残ったのは退路をあえて断つことで、イカズチという未知の相手に挑みたかったからではないのか?」


【名無し】の剣士が答えることはなかった。

 ただ、その顔に初めて笑みが浮かぶ。

 溢れんばかりの砂糖菓子が、プレゼントされた菓子箱の中に入って入るのを見た、子供のような。


「それでいい」


 ディスコルディアは、満足そうに笑った。













 前へ、外へ。

【名無し】の剣士という【騎士ドラウグル】と、【魔神】ディスコルディアは、歩みを進める。

 待ち受ける死闘たたかいを、流血と殺戮の悦びを、共に胸にして。

 く先には、戦乱の【異世界】が、新たなる戦場が待ちわびている。

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