第40話 剣風!


「貴様ァ! 謀りやがったなァ!!」


 ことを仕掛けられたイカズチから、怒号が上がる。

 沸騰する感情に呼応するよう、音が遠雷からいかずちと化す。

 いかずち音が、土埃を舞い上がらせる。

 土埃が舞い上がって、【名無し】の剣士の視界を遮った。













 対し――

【名無し】の剣士は、静かだった。

 一見、さざなみのように落ち着いている。


「それが貴様のやり方か! それでも戦士か、貴様!」

『…………』

「それとも、そうであるのが貴様らか! そうなのか、【騎士ドラウグル】!?」


 だが、腹の底では、劫火が燃え盛っている。

 この時ほど、【名無し】の剣士は契約の代価を呪わしく思ったことはなかった。

 

『買い被りも大概にしろ。それとも、戦いすぎて頭の中身が干し柿か外郎ういろうにでもなってんのか? つーか、こっちが物を言えないからって、自分てめえの道理を押し付けてくんなよ』


 ――に、してもだ。

 正直、たったこれだけのことで怒り狂って「腐れド畜生」紛いの罵倒を吐き散らすとは、イカズチという奴は、頭がわいているのではないだろうか。

 自分たちが今やっているのは、戦いではない。歴とした殺し合いである。

 殺るか殺られるか、問答無用の命の駆け引きに、どうして正々堂々など持ちこまれなければならないのだ。

 相手を圧するよう放つ技も、相手と真正面から渡り合おうとする精神も。


聚蝶バタフライッ、成雷ロックッッ!!」


 故に――勝敗が決する!




【名無し】の剣士は、右足を引き、全身をたわめるように低く伏せた。


 そして――


 地を、蹴る。

 そのまま、駆ける!

 前へ。

 ただひたすら、前へ。

 前へ、前へ。

 駆ける! 突き進む!

 前へ、前へ、前へ。

 

 ギャリリリリッリリッッィ!!


 銀光。


 土埃のヴェールの向こうから、【スコルピオン・デス・ロック】が、襲い来る。

 進撃する【名無し】の剣士を討たんと、正面から真っ直ぐに。

 

 対し、【名無し】の剣士は――抜刀しなかった。


 それどころか、一切ぶれなかった。

 臆することなく、駆ける。

 怯むことなく、駆ける。

 恐れることなく、駆ける。

 竦むことなく、駆ける。

 真っ直ぐ、ただただ、真っ直ぐ。

 そして、遂に――


 ザグッ!!


 ――身体に、刃が入る。


【スコルピオン・デス・ロック】が、【名無し】の剣士を捉えた。

 血が、煙る。

 だが――


『がァあああああああああああッ!!!』


 ――止まらない。

 【名無し】の剣士が止まることはない。

 人喰い虎の邪悪な咆哮じみた雄叫びを、形にならずと知ってもなお、上げながら。


 最中、抜刀。


 鞘から放たれる。青ざめた死のような冷たい輝き。

 解いたえものを、【名無し】の剣士は、両手に構え。


 気合一閃!

 土埃のヴェールを、叩き斬る。

 その向こうの、イカズチごと。


 剣風!


「……ば、か……な!! お、前……そん」













 ザンッ!!


 次の瞬間、土埃が一瞬にして晴れる。

 イカズチの胸から、血潮が派手に噴き上がる。

 その背の先に立つのは、【名無し】の剣士。


『……イカズチ、敗れたり!』

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