第39話 「まさかそう来るとは!」


 思考を過去から現在に戻す。

 今立つのも、その中の戦場の一つだ。

 そして、おそらくもっともつまらない武功の一つとなる。

 イカズチの顔から、表情が消えた。 

 戦士としての怒りを表すよう、はねが猛烈な勢いで震える。

 空気が激震し、土埃が舞い上がる。


「結構結構! その潔いクソ態度に免じて……ちゃんと死なせてやるよ!」


 イカズチは【スコルピオン・デス・ロック】を構えた。

 そのまま、【名無し】の剣士目掛けて振るおうと――






 ビシュッ!







 ――した、その直後。

 唐突に、右頬が、ぱっくりと裂けた。


「……なっ!?」


 血が、流れ落ちる。

 驚く間もなく、今度は左肩が爆ぜる。

 衝撃が次々と、前方から襲い来る。

 身体のあちこちから、血が、パッ! と飛ぶ。


「一体、何がッ! どうなっているっ!?」


 攻撃を受けていること、それだけは分かる。

 二の腕に、衝撃。ふと見れば、なにかがめり込んでいる。

 咄嗟の判断で、指を突っこむ。めり込んだものを、えぐり出す。

 おそらく、この「なにか」が、我が身を襲うものの正体。


「なんだ、これは……?」


「なにか」の正体は、尖った小石の破片だった。

 陽の光を浴びてきらきら青く光るそれは、イカズチは知らないが、キリのペンダントの石と同じ素材。

 誰にも知られることなく終わるのだが、【名無し】の剣士が偶然落下した家屋は、そのキリが想いを寄せていたロナーというダークエルフの家だった。


「なんだ、これは……石!?」


 おそらく、【名無し】の剣士が投げ放ったもの。

 予備動作もなしに、しかも身体にめり込む勢いのものを、一体どうやって!?













「まさかそう来るとは!」


 ディスコルディアは、破顔一笑した。


「爪で石を弾き、標的に当てる……成程、指弾か!」

『まさか、山鳥を捕まえるための方法が、戦いで役に立つとはな』













 時計の針を、少しばかり戻そう。


 右手を握ったり開いたりして、動くかどうか確認する。

 腕がマトモでなくても、指先がちゃんと動けばことをしでかすのに問題ないからだ。

 確認が終わると、指で着物の右袖口に穴を開ける。そこに、床に散らばっていた青いきらきらした小石を隠し入れる。

 見覚えがあった。キリの首飾りに使われているのと同じ石だ。

 見る限り、火の熱を受けて歪んでいなかった。

 衝撃に耐えてくれるに違いない――【名無し】の剣士は、そう判断した。












 

【名無し】の剣士は、意識を現実に戻す。

 右手は、正確に言えば親指は、無惨な有様だ。

 砕けた爪から流れた血が、ぼたぼたと地面に滴り落ちている。

 相応の硬度を持つ物質を、相応の力――それこそ、相手の身体にめり込む威力で弾いて撃ち込み続ければ、こうなる。

 下手をすれば、指がこの先使い物にならなくなるかもしれない。

【名無し】の剣士がただの人間であれば。


 ――「【騎士ドラウグル】の傷はすぐに癒える」


 だが、【魔神】ディスコルディアはそう言った。

 噓ではない証拠に、右腕は既に元通りだ。

 見れば、血も止まっていた。砕けていた爪も、きれいに戻っている。


『しかし、勘で全弾当たってくれるとは……』


 指弾は、攻撃の手段ではなく動揺を与えるための攪乱の所作。

 戦意喪失のふりは、相手に目線を向けなくすることで、攻撃の意図を悟らせなくする手段。

 同時に、時間稼ぎである。【騎士ドラウグル】の回復力で、右腕が完治すなおるまでの。


【名無し】の剣士は足を落とした刀の下に入れた。真上に蹴り上げ、柄を握る。


 これらは全て、布石だ。

 次の一撃で、決着をつけるための。

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