第38話 「敬意を覚えるからこそ、わたしは貴殿ら一人一人の名が知りたいのだ」
かつて、【ベスティア王国】という国があった。魔王亡き後、「悪」しき種族である亜人と魔物の使役産業と奴隷売買で栄えた国だ。
王都には【ベスティア王国】の栄華が永遠のものである象徴の
そこでは連日大々的に、奴隷にした亜人や魔物同士の闘いが繰り広げられる闘技大会が開催されていた。
イカズチは、そこで使役されていた
支配権を永遠に求め続ける王族、財産を増やすことしか頭にない貴族、日ごろの憂さ晴らしに安全なスリルを求める国民たちは、イカズチたちが繰り広げる血みどろの闘いを見せ物として大いに楽しんでいた。
イカズチたち
戦わなければ生きられないのが、
毎日が、地獄そのものだった。
同胞である亜人たちを、翼や牙を落とされた魔物たちを――なにより、敗北し命乞いする相手を、イカズチは殺し続けた。
未来にすら、希望が持てない。同じ釜の飯を食い、鍛錬を積み合った仲間が、今日は味方でも明日は敵に、殺さなければならない相手となる。
ジャックマンとウィリアム、親友たちと戦わずに済んだのは、ただ運がよかっただけ。
そんな日々はある日突然終わりを告げる。
【黒竜帝国】軍の侵攻により、【ベスティア王国】は滅んだ。
だが、イカズチたちは自由になることはない。
「悪」しき種族である亜人と魔物は、どのような扱いであっても全肯定し、受け入れなければいけない――それが、今のこの世界の絶対のルール。
地獄が終わることはない。安寧など、夢のまた夢。
だが――
謁見の間、だろう。
太い円柱が並び、絨毯が奥に伸びている。
その先には長い階段。更にその上には、【
そこに、【黒竜帝国】の若き皇帝、ベラドンナはいた。
「貴殿らに、折り入って頼みたいことがある」
金銀宝玉に飾られた豪奢な王座に座ることなく、ベラドンナは言った。
高みではなく、イカズチたち元
イカズチは、今でも憶えている。
ベラドンナは、イカズチが知るどんな人間よりも人間らしくない人間だった。
態度こそ尊大だが、「善」なる種族が「悪」しき種族を見下すものではなかった。
その目は、どこまでも真っ直ぐだった。蔑みの感情が、一切なかった。
「命令なんか下さなくてもいいだろう、人間!」
「そうだ、追い立てて檻にでもブチ込んだらどうだ?」
ウィリアムが、ベラドンナを睨んだ。ジャックマンの目も、同じく険しい。
全員、同じような目をしていた。勿論、イカズチも。
だが――
「貴殿の名は?」
「……は!?」
つかつかと、ベラドンナはウィリアムへと歩み寄った。
目の前に立ち、ウィリアムと目を真っ直ぐ合わせる。
「貴殿の名を、わたしは聞いているのだ」
「……ウィリアム」
「貴殿の名は?」
今度は、イカズチへと。
「てめぇにンなもん、教える必要があるか!」
「あるだろう」
そして――
ベラドンナの次の一言に、イカズチだけでなく、元
「生きる、ただそれだけのため、ただひたすら戦い、抗い続ける不屈の姿勢に、ベラドンナ・オブ・ミッドガルズオルムであるより前に、わたしは敬意を覚えずにいられないのだよ。敬意を覚えるからこそ、わたしは貴殿ら一人一人の名が知りたいのだ」
元
その後、イカズチは【六竜将】の一人となる。
数多の戦場に立ち、数々の武勲を立てて。
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