第37話 あまりにも呆気なく、戦いは終わっていた。
ディスコルディアは、中空にいた。
見下ろす形で、【名無し】の剣士とイカズチの戦いを見物している。
「なんと、素晴らしい……!」
愛くるしい少女の
ぎらぎらと輝く藍色の目は、欲望で穢れた宝石のよう。赤い舌が、いやらしい軟体動物のように桜貝の唇を舐める。
――と、イカズチの技、
しかし、その直前、【名無し】の剣士は刀を左手に持ち替えた。
そのまま抜くことなく、迫って来た【スコルピオン・デス・ロック】を打ち払う。
もう一方の攻撃――回し蹴りを、右腕で受け止める。
受け止める、というより、盾にした。
そうすることで、頭部への直撃を防ぐ。
腕一本を犠牲にし、腕以上に重要な器官である頭部を守るために。
「ばぎゃっ!」という、嫌な音。右腕が、折れ砕ける。
しかし、身体全体を襲う衝撃を防ぐことはできなかった。
イカズチの技はその威力のまま、【名無し】の剣士を吹っ飛ばす。
そのまま、落下。
その先にあった家屋に、【名無し】の剣士は突っ込む羽目になる。
「【
『ンなものに、マシもクソもあるか! しかし、厄介だな。相応の厄介な武器を、相応の厄介な使い手が厄介にも使いこなしていやがる』
「案ずるな、お前は【
ディスコルディアの声が、低まる。
「……だが、決して絶対無敵の存在ではない。大抵の強者相手には勝つが、それ以上の強者相手には苦戦する。更にそれ以上の高みの強者相手には、
『要は、二度目はない! ってことかい』
咳き込みながら、周囲を見渡す。
流石【異世界】というべきか、家の造りや内装は【名無し】の剣士が知らないもので構成されている。
こんな状況でなければ、じっくり見たいところだ。
と、ふと――
視界の端で、何かがきらりと光った。
よく見れば、床になにか散らばっている。
おそらく、先程彼が落下した際の衝撃で落ちたものだろう。
蓋が外れた金属の入れ物から零れるそれらは――
『…………』
ふと、思うことがあった。
故に、試す価値があるかもしれない。
【名無し】の剣士の口端が上がった。
「どうした?」
それが一体なにを意味するのか分かないディスコルディアは、首を傾げるしかない。
イカズチは、地面に降り立った。
【名無し】の剣士が落ちた家屋を様子を、獲物を見据えるスズメバチのように注意深くうかがう。
「あっさりしすぎてんな。まさか、この程度で死ぬわけねぇよな!? 仮にも【
挑発の台詞を叫ぶも、油断はしない。
【スコルピオン・デス・ロック】は、いつでも振るえる。
唐突に――
軋んだ音を立てて、家屋の扉が開く。
身構えるイカズチの視線の先、もうもうと上がる
「そうこなくてはな!」
だが、イカズチの期待は裏切られる。
【名無し】の剣士はゆっくりとした動作で歩き、唐突に立ち止まった。
がしゃり、と――【名無し】の剣士が右手に持っていた刀が、地面に落ちる。
衝撃で折れたのか、右腕もだらりと垂れ下がったまま。
そして――若干前かがみになり、荒く息を吐く。
「…………」
あまりにも呆気なく、戦いは終わっていた。
みっともない敗者のザマを晒す【名無し】の剣士を前に、イカズチは興醒める。
同時に、怒りを覚える。
太陽に弓を引くいい意味でのバカみたく挑んできたくせに、あっさり敗者に成り下がったら戦意喪失――
「買いかぶったぜ。弱ぇよ、お前。
――なにより、生き意地汚くない。
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