第36話 衝撃が、襲い来る。


 実は、【スコルピオン・デス・ロックと】いう武器は、【名無し】の剣士がかつて生きた「異なる」世界に存在していたりする。

 ワイヤーに繋がれた刃が分裂し、鞭のように変化する機構を備えた剣――蛇腹剣じゃばらけんという架空の武器で。

 勿論、【名無し】の剣士はそんなこと知らない。

 だが、いくつか分かることがある。

 一つは、【スコルピオン・デス・ロック】とは、剣のつよさと鞭の柔軟やわらかさをあわせ持ち、相手が迫ってくれば剣による迎撃を、退こうとする相手には鞭による追撃を可能とする、奇怪な武器であること。

 もう一つは――

 

『うわ、やっべぇ!』


 ――自分が、完璧にしくじったこと。

【名無し】の剣士を、轟音が追撃してくる。


 ギャリリリリッリリッッィ!!


【スコルピオン・デス・ロック】の金属の軋りと、遠雷を思わせるイカズチの音。


 衝撃が、襲い来る。













【名無し】の剣士を追い、イカズチははねを震わせて飛翔した。

 てっきり、【飛行】系のスキルを使ってくると身構えるも、それは杞憂に終わる。

 逃げ場のない空中、退路が絶たれた袋小路そのものに自ら飛び込んできた愚者を、逃してやるつもりはなかった。

 追いついた瞬間、細く、細く――イカズチは、息を吸う。


蜻蜓ドラゴン切りスープレックス!」


 渾身の声で、叫ぶ。

 左方向から回し蹴りを、右方向から【スコルピオン・デス・ロック】の一撃を。

 相手を挟む形で、それぞれ放つ。

【名無し】の剣士はそれを、モロに受けた。

 ドギャッ! という派手な音が上がる。

 勢いよく吹っ飛び、落下する。そのまま、家屋に突っ込む。













『げぉっ……! がふぁっ……!』


 身体を起こす。全身くまなく、ずきずき痛む。目を閉じると、まぶたの裏が真っ赤に染まる。

【名無し】の剣士が落下した先は、家屋の一つだった。

【黒竜帝国】の兵士たちによって破壊された上に火をかけられたそこは、全体的にすすけている。

 咳き込みながら、刀を杖に立ち上がろうとして――右腕がひどく痛むことに気づいた。

 力が入らず、熱を持って変にうずく。

 その感覚で思い至るのは、最悪の事態。


『うぇぇ……ックソ! 畜生!』


 あさっての方向に右腕が、曲がってはいけない方向に、曲がっている。


『クソ! 腕が折れイった……!!」

「……流石だな、我が【騎士ドラウグル】!! そのようになろうとも得物かたなを手放さぬか!」

『……! お前、ディスコルディア……!?』

「苦戦しているようだな、我が【騎士ドラウグル】よ」


 罵声に呼応するかのよう、彼が突っ込んだ真上から、【魔神】ディスコルディアが降りてくる。


「あれが【異世界こちら】の猛者で、その実力。これが【異世界こちら】の戦いで、お前が楽しむべき戦場」

『…………』

たおせ! 皆殺ころせ! 【騎士ドラウグル】の本懐を果たせ! 【騎士ドラウグル】であることを、目一杯楽しめ!」













 ✟✟✟✟✟✟✟


 架空の武器

 剣から鞭、鞭から剣に変形させる機構の再現とか、節々の噛み合わせを隙間無くするとか、異物が挟まらないようにするのが難しいとか、理由は色々ある。

 それ以上に、剣そのものの強度と殺傷力に根本的な問題があるのが、現実に存在しない最大の理由だったりする。

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