第35話 「衝戟に……備えろォォッ!!」
キリは、へたりこんでいた。
歯の根が合わない。震えが止まらない。
イカズチは、キリにとって恐怖の権化だ。
【黒竜帝国】の一員で、みんなを殺して、トルシュ村をめちゃくちゃにしたやつらの仲間なのだから。
「怖い、助けて……助けて、怖い、ロナー、ロナー、怖い、怖い、ロナー……」
恐怖に、思考が、ほどけていく。
自分が今ここにいる理由すら、だんだんぼやけてくる。
「立てよ! 立つんだよ!」
全てが曖昧になる前に、乾いた音が頬を打った。
ひりひりするから、引っ叩かれたのだろう。
「立てるか?」
キリは、首を横に振る。
「立てなくても、立つんだよ! 立たなくちゃダメだ!」
無茶苦茶なことを言わないでほしい、と思った。
立ってどうなるといのだろう?
……みんな、死んじゃった。恐ろしい人たちに、殺されちゃった。わたしだけ生き残っちゃった。
そして……恐ろしい人がまた、殺しにやって来た
わたしは、死ぬ。恐ろしい人に殺される。
怖い、恐い。ああ、だけど、そしたらロナーに――
「その下に埋まっている奴が、きみを生かしてくれたんだろ? それを無駄にすんのか!?」
「でも、でもでもでもでもでもでもでも」
「それだけじゃねぇよ、見ろ!」
ビリーが指さす方向を、見る。
そこには、デッド・スワロゥがいた。恐ろしい人と、真っ向から対峙している。
「アイツ、俺たちを逃がすために戦ってくれようとしてんだぞ! 応えないでどうすんだよ!」
「お前、犬死にしたいの? 別に止めはしないの」
はっ! となる。
それらの言葉は、引っ叩かれるよりも強烈だったからだ。
「デッド・スワロゥ……!」
意を決する。なんとか立ち上がる。
同時に、手を掴まれ、ビリーに引かれる。それに並行するよう、【魔神】イシスが飛ぶ。
走る。その場から、離脱するために。
「お願い、絶対に、死なないで!」
そのまま、アシュロンの森に飛び込む。
闘争からの逃走が、始まる。
イカズチは、【スコルピオン・デス・ロック】を両手で握り、右肩に担ぐように乗せ、姿勢をやや下げた。
抜刀の体勢をとりながら、【名無し】の剣士は注意深く様子をうかがう。
人外との対戦、そいつが振るう【スコルピオン・デス・ロック】は、得体の知れない武器。
一見、反りのない両刃の段平にしか見えない。
だが、金属の軋りの音と同時に飛び道具と化す。
汗が一筋、伝い落ちる。
ぴん、と――張り詰める緊張。
限界を迎えた時、
「
『……来る!』
「備えろォォッ!!」
――
ギャリリリリッリリッッィ!!
イカズチは咆哮と同時に、【スコルピオン・デス・ロック】を振るう。
呼応するよう、銀光が迫ってきた。
【名無し】の剣士は、瞬間的に体勢を低める。
頭上を、死の速度と威力を持った【スコルピオン・デス・ロック】の横薙ぎが、通過していくのが見えた。
『斬撃が、飛んだ!?』
【名無し】の剣士を仕留めそこねたそれは、背後に立てられた墓標の群れを、真ん中から一気に粉砕する。
『!!』
瞬間、地を蹴った。垂直に、大きく跳ぶ。
中空で、身体を捻る。先程まで自分がいた場所を、軌道を変えた銀光が猛烈な勢いで薙いでいくのが見えた。
咄嗟の判断で大きく跳ばなければ、斬られていた。
『いや、得物が、伸びた!?』
厳密に言うと、その表現は誤りである。
【スコルピオン・デス・ロック】は、伸びたわけではないのだから。
分裂し、変化しただけだ。
段平の形状から、ワイヤーに無数の刃が繋がれた鞭のような形状に。
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