第34話 「お前、強いか?」


 あまりの呆気なさに、イカズチは思わず鼻白んだ。

 現皇帝ベラドンナの側近を務める、土方歳三とジャンヌ・ダルク。

【六竜将】を組織し、初代筆頭を務めた、井上源三郎。

 その三人を圧倒し、あの事件で井上源三郎を殺害した、シモ・ヘイヘ。

 この世界唯一の亜人同盟国家【赤竜王国】を統べる王、ヴラド三世。

 イカズチが知る【騎士ドラウグル】は、どいつもこいつも化け物級の戦力を持つ人外魔境。

 だが、ビリー・ザ・キッドは――


「弱い、な」

「……ッ!!」


 以降、イカズチはビリーを見ることはなかった。

 というより、その前に立たれ、姿を遮られたのだが。

 

「うん?」


 そいつは、今の今まで突っ立ったまま成り行きを見守っていた。

 恐れることなく歩を進めると、ビリーを背に庇うよう、立つ。


「なっ!? お前、邪魔すんなよ! こんな奴くらい、俺でもッ!?」


 前に出ようするも、鋭い眼光に射抜かれて引き留められる。

 そいつから、言葉はなかった。あるのは、ただ、伝えなければいけないこと。

 察したビリーは、はっ! となって頷いた。


「分かった……ここはお前に任せる! 絶対に死ぬんじゃねぇぞ! 俺の胸を揉んでくれやがったお礼、まだ済んでないんだからな!!」













「俺の初撃をマトモに打ち払ったのは、陛下を除けばお前が初めてだ」


 イカズチは、最早【騎士ドラウグル】ビリー・ザ・キッドに興味を持たなかった。

 代わりに、前に進み出た男をじっと見据える。

 味方ビリー・ザ・キッドを圧倒した相手に、怖じる様子も、退く素振りもなかった。


「お初にお目にかかる。俺はイカズチ。【黒竜帝国】六竜将が一人。ベラドンナ陛下に忠義を誓う、臣下にして戦士」


 地に降り立つと、イカズチは名乗りを上げる

 対し、相手は、無言。


「一つだけ、聞いておく。お前も【騎士ドラウグル】か?」


 イカズチの問いに、答えが返ってくることはなかった。


「お前、強いか? 【騎士ドラウグル】でも、そうでなくても」


 イカズチの問いに、答えが返されることはない。

 だが――


「そうか! ……そうか!!」


 答えなど、必要ない。言葉など、無粋なだけ。

 双方、強者との戦闘たたかい渇望するのぞむのであれば。

 口端が吊り上がる。同じく、相手も。

 イカズチは得物を、【スコルピオン・デス・ロック】を構える。






【名無し】の剣士もまた、構えていた。

 右手を刀の柄に手を置く。抜刀の体勢をとる。

 同時に、イカズチの様子を窺がう。

 年齢は、三十歳ぐらいだろう。黄金の色が混じった黒い髪を、編んで長く垂らしている。

 纏うのは、【黒竜帝国】の軍服。甲冑はない。

 緊張感で、みぞおちの辺りが震えた。目の前の男が只者ではないと告げている。

 それだけじゃない。


『コイツ、人間……か? 違う、よな?』


 人ならざる者、とでも言えばいいのだろうか。

 温かみを感じない、乾いた樹脂を思わせるつるりとした質感の肌。

 白目がなく、黒一色に染まった双眸。

 なにより――ハチのものを思わせる、眉間から伸びた一対の触覚と背のはね


「奴は亜人だ」


【名無し】の剣士の疑問に呼応するよう、傍らにディスコルディアが出現する。


『あじん?』

「人間とエルフと獣人以外の、知性を持つ者。この世界において、「悪しき」者と定められた種族。ゴブリン、オーク、鬼人キジン、ドワーフ、ダークエルフ等のことだ」

『ってことは、アイツはその亜人の、ゴブリンだのオークだのとやらなのか?』

「あれは蟲人むしびとという。人間の姿形かたちと昆虫の外見を合わせ持つ種族だ」

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