第33話 低く低く、静かに這う、されど轟音。


 その者の背の一対の翅から発せられる羽音は、さながら遠雷。

 低く低く、静かに這う、されど轟音。

 到達と同時に、打ち下す。

 地上に向けて放つのは――


 ギャリリリリッリリッッィ!!


 ――【スコルピオン・デス・ロック】の一撃。






 生への執着が失われかけていた身体が、ばね細工の人形になったように思えた。


「デッド・スワロゥ!」


 振り返り様叫ぶのと、ギャリリリリッリリッッィ!! っていう金属の鳴き声が上がるのは、ほぼ同時。

 一言で言うならそれは、サソリの尻尾だった。

 大きくうねって、ギャリリリリッリリッッィ!! って派手に鳴って、それがデッド・スワロゥたちのところへと向かっていく。













【名無し】の剣士は動いていた。

 こちらに向けて振り下ろされたものを、得物――まだ抜かず、鞘に収まったままの刀で打ち払う。

 がぁん! という、激突音。

 サソリの尾は、振り下ろされた時と同様、ギャリリリリッリリッッィ!! と鳴きながら戻っていく。

 そして――ガシィン! と、使い手の元へと戻る。


「ほぉう、これはこれは驚いた!」


 相手は触覚をひくつかせ、愉快そうに笑っていた。


『剣? いや、飛び道具使い? どっちだ? ……いや、それより! なんだアイツ、飛んでいるぞ!?』


 翅を忙しなく震わせ、トルシュ村を見下ろせる中空に浮かびながら。













 ビリーもまた、驚いていた。

 ただし、【名無し】の剣士とはまた別のことで。


「あの、エンブレムは……!」


 そいつは首許に、円環を象る蛇に鉄の埃及十字アンクの勲章を佩用している。

 これを身につけることが許されるのは、この世界ではたった六人だけ。


「嘘だろ! なんで【六竜将】がこんな所に!?」






 精鋭にして強靭、比べられるものは皆無――その六人は、こう謳われている。

 ビリーが知る限り、それが【六竜将】だ。【黒竜帝国】を統べる女皇帝ベラドンナに仕える家臣にして、護国の英雄。

 聞くところによると、ベラドンナの師である老剣士が組織したというが……。


「筆頭竜将メギド。精霊と聖霊と星霊のいとおミーシャ。交響萼教団オルケストラの聖者Dディー。大魔導士グリード。うつろわざる者リツリ」


 そして――


志士臣忠しししんちゅう【スコルピオン・デス・ロック】のイカズチか」

「ご名答!」


 瞬間――

 甲高い音が、空気を引き裂く!

 ビリーがかつて生きた「異なる」世界では、それは、銃声と呼称される。






「馬鹿、な……」


 発した声は、震えていた。

 必殺の一撃、完璧な不意打ち、絶対の勝利、だったはずだ。

 腰の得物――コルトM1877を、ビリーは抜く。

 銃声!

 死の速度を纏った銃弾は、相手の心臓を喰い破る――


「冗談だろ……」


 ――はずだった。

 ぶんっ! と、イカズチは手の得物を振るう。銀光が、ギャリリリリッリリッッィ!! と、荒れ狂う。

 ただそれだけ、それだけで――全ての銃弾が、打ち払われる。


「なんだ、もう終わりか、【騎士ドラウグル】?」


 破られ、敗れる。

 かつて生きた「異なる」世界、無法に支配された西部の地ワイルドウエストで名を馳せたガンマン、無法者ビリー・ザ・キッドの射撃技巧が、あまりにも呆気なく、あっさりと。

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