第31話 はっきり言って、彼は悪くない。


「そうか、あんた、声が……」


 身振り手振りを繰り返して、繰り返して、繰り返して――どうやら、ようやく理解してもらえたようだ。

 疲れた。出来れば、もう少し早く気付いてほしかった。


「それがあんたの供犠くぎで、あんたが【騎士ドラウグル】になるための代償ってわけか。そうか、そうか……」


 ――ふと、疑問が脳裏を横切る。

 ビリー・ザ・キッドの代償はなんだ? 見たところ、なにも失っていないようだが。


「あー、それはさて置いて、だ。あんた、大丈夫か?」

『……?』

「顔、ひっでぇことになってんぞ! つーか、大丈夫か? その傷」


 視線が集中している個所から察するに、左目をまたぐ傷のことだろう。

 二つの傷が交差し重なり合った、十字架を思わせる形状の傷。


「そうだ! 気休めにしかならないけど……ちょっと、かがんでくれないか?」

『…………』


 しばし、悩んだ――が、言われる通りにした。

 ここまでの言動から察するに、こいつは疑うほど悪い奴じゃない――多分。

 ――と、ビリーは、左手を掲げる。


「来たれ……」

『!?』


 瞬間、信じがたきことが起こった。

 ビリーの足元から、光が生まれる。

 その中からふわり、と浮かび上がってきたものを、ビリーは捕まえた。


「うーん、思ったよりだっせぇけど……ま、これでいいか。で、これを、こうして……」


 手にしたもの――黒い布の両端を掴んで、そのまま【名無し】の剣士の額に押し付け――


『え、ちょ……何されるんだ、俺……?』


 図らずも、密着状態になる。


「やりにくくなるから、絶対に動くんじゃねーぞ?」


 後頭部から、しゅるしゅるという音。

 察するに、布を頭に巻かれているようだ。

 しかし――ふと、違和感。

 なんていうか、身体がおかしい。変にむずむずする。

 痒いわけじゃない。くすぐったいわけでもない。

 なのに、なんだ、これは……?

 冷や汗とは違う汗が、首筋を濡らしていく。

 

「息荒ぇよ、くすぐってぇし。あ、もしかしててあんたまさか……」

『んなわけあるか、バカ!』


 揶揄されて初めて、異変に気づく。

 息が変に荒い。おまけに、熱を孕んでいるとくる。

 これは、まるで――


『いや、いやいやいやいや、違う違う違う違う違う違うって! 俺、そんなんじゃないし!俺、そういう趣味ないし! 俺、野郎相手に勃たないし! 勃つわけないし!

 え、え、え、えええええええええええ!? どういうことどういうことどういうこと!?』


 恐慌に陥る。回避しようと。思わず目を瞑った。

 舌と鼻腔の奥が甘く痺れる。飲み込んだ唾が、異様に甘ったるい。

 


 そんなわけで彼は、男として大きな過ちを犯すことになる。




「よし、まあ、こんなもんか。もういいぞ…って、ぎゃぁ!」


 はっきり言って、彼は悪くない。

 一言で言うとこれは、全て――


 ふにゅん。


 ――不幸な事故だ。


 恐慌から身体のバランスを崩したのも。

 ビリーを巻き込む形で転倒したのも。

 やろうと思ったわけではないのに押し倒してしまったのも。


『……え!?』


 その際、ふにゅん――と、ビリーの胸を揉んでしまったのも。


「……ッッッ!! ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」













 その光景を、少し離れた場所でディスコルディアとイシスは見ていた。


「中身は割とお年頃なの。それでも、一応女なのよ。恰好はああなのだけど」

「姿形、性別、体格差、生まれた場所、育った環境、一切合切、【騎士ドラウグル】たる者には関係ないはずだが?」

「そうなのよ。だからきっと、我が契約者は沢山殺してくれるはずなの」

「されど、これだけは言っておくぞ、我が同胞たる【魔神】イシス。悪いが、お前の契約者たる【騎士ドラウグル】は、我が契約者たる【騎士ドラウグル】には敵うまいよ。

 あれは、このディスコルディアが見つけた逸材だ。故に血が……たくさんたくさん、たくさん流れるだろう……!」

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