第30話  「いつだって勝つのは、俺たちの大将だ」


 だが、言葉から察することはできる。


「なあ、あんた、名前は? どこの時代のどこの国から来た? 間違ってたらゴメンだけど、その髪色から察するに、アイルランド系? あー、でも肌の色がそれっぽくないから、ひょっとして中国人チャイニーズだったりするか?」

『お前、向こうじゃ剣士みたいなモンなのか?』


 おそらくこのビリー・ザ・キッドことビリーという無法者は異国の人間で、「ガンマン」とは異国における剣士のような立場の者なのだろう。

 戦い、殺し、強さを、悪名と名声を得る人間。得物が剣ではなく銃、剣士ではなく「ガンマン」と呼ばれる者。

 ということは、自分たちは【騎士ドラウグル】である以前に、同じような存在ということか。


「なんだよ、面と向かって無視すんなよ。こっちはマジで気ぃ悪くすんぞ。あ、もしかして、答えたくねーからだんまりを決め込んでたりするとか?」


 なのに、そうであるはずのビリーは、今、明らかに気を悪くしていた。

 当たり前といえば当たり前である。ビリーにしてみれば、試みた意思疎通が全て梨のつぶてだったのだから。

 それ以前の話、ビリーは【名無し】の剣士の契約の代価を知らないのだ。


『いや、誓ってそうじゃないって。おい、ディスコルディア……って、いないのかよ!? クソッ、この肝心な時に!!』













「おいおい、イカズチ様、また一人で勝手に出撃されたぜ」

「案ずるな、いつものことだ。イカズチ様は【六竜将】。我が【黒竜帝国】最強無比の戦士の一人。ベラドンナ陛下も笑ってお許しになる」


 指揮官【スコルピオン・デス・ロック】が一人飛び立った後、残された兵士たちはめいめいくつろいでいた。

 談笑する者、携帯食をかじる者、煙草を嗜む者、遊戯札カルタを出す者――やることはそれぞれだ。

 その中で、喧嘩や無道をおっ始めようとするような乱れはない。

 一つの部隊として、連携がしっかりと取れている。

 だがそれは、彼らが軍人としての規律を重んじているからではない。

【黒竜帝国】の軍属になるまで、同じ釜の飯を食って生き永らえてきた身の上それまでを、血の繋がり以上に絆で共有し合えているからだ。






「将校さんのご様子はいかがだ?」

「目立った怪我はありません。ただ、憔悴が激しいだけのようです」

「ケッ! 拉致監禁がなんだ、クソ軟弱者が。エルフ様、獣人様、人間様……俺らの上にお立ちになられるお方どもは、いっつもそんな奴らばかりだな」

「そんなこと言うんじゃありませんよ、ジャックマン。彼女は人間である前に女性です。志願は自由であれ、本来であれば戦場に立ってはいけない者です」

「許せよ、ウィリアム。けど、そうであっても言わせてくれ。俺ぁ、人間なんざガキの頃から大嫌いで」

「ちなみに……わたしの父はあなたが罵倒している人間様とやらなのですが?」

「……スマン、言いすぎた」


 ジャックマン――筋骨たくましい髭面の男は、首を垂れた。

 その茜色の目には、深い悔恨があった。一時の激昂で、親友のウィリアムを明らかに侮辱してしまったからだ。

 ウィリアムは、ダークエルフの亜人だ――ただし、半分だけ。ダークエルフの亜人の母と人間の父の間に生まれた、混血種族ハーフ

 どちらの種族にも属せず、どちらの種族としても生きられぬ孤独を、理不尽に背負わされ生きるさだめの者。


「まあ、いいですよ。誰だって間違いは犯します」


 ウィリアムは、肩をすくめた。


「それより、少し、気になることがあるんです」

「気になること、とは?」

「わたしたちは何故、ここにいるんです?」

「そりゃあ、出ろっていう命令があったからだろ」

「誰から?」

「上から」

「上、とは?」

「イカズチの大将だろ? あ、でも、アイツも出ろって命令されてんだよな。じゃあ、その上ったら……!! まさか!?」

「気づきましたか?」


 ウィリアムの紫水晶色の目が、鋭利な輝きを帯びる。


「何故、ベラドンナ陛下はこのような尻ぬぐいに、【六竜将】を直々に出す?」






 今回の彼らの任務は、一言で言えば尻拭いである。

【黒竜帝国】に属すことを頑なに拒み、抵抗勢力と見なされた亜人たちの討伐任務に、ガーネットは失敗した。

 なんでも、突然現れた異様な風体の男に部下たちを斬殺され、それからの逃亡途中に盗賊たちに囚われたのだと。

 故に、ベラドンナは【六竜将】――【黒竜帝国】および自身に仕える家臣の中で精鋭たる六人の英雄の一人であるイカズチと、その部下たちに命じた――「アシュロンの森に出向き、ガーネット中尉を救出しろ」と。


「確かに、言われてみりゃあ。けど、もし、ベラドンナ陛下がその失敗すら見越していたとしたらどうだ? あのお方は、戦況を常に正しく見据えているから、なにか深い理由があって俺たちを出したのだとしたら」


 そうだと思いたい。

 口に出さず、ウィリアムは呟いた。


「ウィリアム」


 不安の迷路に囚われかけた思考を引き戻すよう、肩を叩かれる。


「しゃんとしろ。そんな不安そうな顔を、俺はともかくあいつらの前に晒すんじゃねえ、間違っても、絶対に」

「…………」

「俺たちは、何だ? ウィリアム」

「……!!」

「俺たちは兵隊である前に戦士だ、ウィリアム。【黒竜帝国】が誇る【六竜将】が一人、英雄【スコルピオン・デス・ロック】と共に戦う者だ。俺たちの大将、イカズチの剣となり盾となり、共に歩み戦場を征く者だ」

 

 戦友の言葉に、ウィリアムは表情を引き締める。


「いつだって勝つのは、俺たちの大将だ」

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