第29話 「そういや、自己紹介がまだだったな」
例えば、家があったとしよう。
大きくなく、大した財産を持たない家だ。それが沢山ある。
どの家にも住人たちがいて、貧しくても毎日をどうにか幸せに生きていた。
だがある日、武器を持った大勢の人間が押しかけてくる。
そいつらは、暴力慣れしたならず者だ。勿論、家の住人よりずっと数が多い。
戸や壁を打ち壊して押し入り、手にした武器で怯える住人たちを脅して引きずり出す。
そして始まるのは、人間であることを徹底して貶める鬼畜の所業。
気が済んだら、意気揚々と引き上げていく。
山間に、小さな村があった。
そこには、冬の蓄えを根こそぎ奪われた家が、火を付けられて燃える家が、日々のささやかな幸せを壊された家あった。
死体が――住人だったものがあちこちに転がっている。
面白半分に斬り捨てられた男たち、凌辱の痕跡もあらわな女たち、死んだ家族に縋って泣く子供たち。
木の陰に伏せて赤毛の少年――後の【名無し】の剣士は、そんな惨たらしい光景を見ていた。
これが、かの関ヶ原の戦いの後、天下泰平の世の日ノ本の国の姿。
東の竜と西の虎、戦っても戦わなくても、どちらが勝っても負けても、この光景がなくなることはない。
「どこに行こうが、どこに逃げようとしようが、世界ってのは結局どこもみな同じなんだな……」
どこかで、がぁぁ! と鴉が鳴いた。
まるで、嘲笑うかのように。
意識を戻す。そこはもう、現実ではない。
【名無し】の剣士は、シャベル――この世界でいうところの
彼は今、【異世界】の村にいる。ひどく蹂躙されたそこで、殺された住人たちの埋葬を手伝っている。
それは外ならぬ、キリが望んだからで――
ガぁァ! ガぁァ!
唐突に――
思考に沈みかけていた【名無し】の剣士を嘲笑う様、鳴き声が降ってきた。
見上げれば、無数の黒い鳥たちが空を舞っている。
最初、鴉だと思った。だが、それにしても随分大きい気がする。
第一、鴉は四つ足だったか? 真紅に光る眼が、六つもあったか?
「あれは、
見知らぬモノを食い入るよう見る様が、
「【
ちりちりと、金属の欠片を鳴らすような音――拍車という装備、足を覆うような形状の履物こと「ブーツ」に装着されたものが上げるそれが次第に近づいて、傍らで止まった。
本人が言うに、「
「ご苦労さん、あんたも少し休めよ。いくら疲労感皆無でも、人間だった頃の癖だけは忘れちゃいけねぇぜ」
【名無し】の剣士が目をやった先に、その無法者はいた。
浮かべる笑みは、自然体だ。作り物感はない。小柄な体躯と相まって、人を疑うこと知らぬ子犬を思わせる愛嬌があった。
驚くことに、少年である。
抜けるような白い肌、新緑の色の目、被った奇妙な形状の帽子から零れる琥珀色の髪。
身に纏うのは、
一枚の布から作られる着物ではなく、いくつもの布を組み合わせて作った「シャツ」と「ズボン」、紐ではなく「ボタン」という部品で留める服。
腰に巻くのは帯ではなく、「ガンベルト」――異様な形状の銃を納める鞘こと「ホルスター」と一体化した、特殊仕様の「ベルト」。
『……コイツ、異人か? それにしても、やけに着込んでいやがるな。それに、黒じゃなくて緑の目っつーのは、なんか不気味だな。それにこのヘンテコな髪の色……』
「ってか、あんたどんだけ古い時代の人間だよ。死んだガラガラヘビを見る猫みたいな目で銃をじーっと見ちゃってさ。つーか、ガンマンってそんなに珍しいか?」
『ガンマン?』
本人が言うに、それらは「ガンマン」の正装なのだそうだ。
「ガンマン」なるそれが何なのか、【名無し】の剣士には分からなかった。
「そういや、自己紹介がまだだったな。
俺はビリー。ビリー・ザ・キッド。
ビリーって気軽に呼んでいいぜ」
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