第28話 わだかまる、くろぐろとした闇。ただただ、それは真っ黒で――


 作業は、黙々と行われていた。

 シャベルで穴を掘り、遺体を横たえ、埋める。最後に、墓標を立てる。

騎士ドラウグル】たちはキリを手伝い、トルシュ村の住人たちを埋葬していた。

 その面持ちは、一様に暗い。

 横たえられた遺体の損傷は、いずれも激しかった。

 血糊を綺麗に拭き取ることはできる。でも、加えられた蛮行を隠すことはできない。

 キリは時折手を止め、「ごめん、ごめんね……」と、言葉にならない悲しみを滴らせていた。

 ディスコルディアは腕を組み、そんな悲しく痛ましい光景を冷厳な眼差しで見据えている。

 ふと、衣擦れ音がした。

 目をやれば、傍らの存在は静かに指を組んでいる。それは、彼女なりの弔いの仕草か。


「堕落にもほどがある。ここまで虐げられているというのに、復讐心に目覚めもしないとは」

「かの魔王の存在を失って、今や落ちぶれてどん底なのよ」

「全くだ。それより……気付いているか、我が同胞たる【魔神】イシス」

「ふむ?」


 ディスコルディアの言葉を前に、相手――イシスは怪訝そうな表情を浮かべる。

 身に纏うのは、青いシスター服。

 ベールから零れる髪は、ゆるふわ感のある乳白色。

 とろんと垂れた双眸に収まるのは、シュガーピンクの眼。

 傍から見れば、まるで天使のように愛くるしい少女だ。

 だが、彼女もまた【魔神】――「異なった」世界で自身が見初めた者を【騎士ドラウグル】へと転生させた、ディスコルディア同様恐るべき存在の一人である。


「あの小娘、どうやら我々が見えているようだぞ」

「ふ、ふわっつ!?」


 リアクションは、予想以上だった。


「なにをばかなことを言っているのよ、我が同胞たる【魔神】ディスコルディア! 我々は同胞と契約者、そして、その同胞以外には見えないはずなのよ!」


 ディスコルディアが知る限り、イシス以上に傲岸不遜なる【魔神】はいなかったはずだ。

 故に、その動揺は見ていて面白い。同胞たる他の【魔神】たちにも見せてやりたかった。


「何事にも例外はつきものだろう、我が同胞たる【魔神】イシスよ」

「なれどっ、されど、でもっ……!!」

「そうカッカするな。見ろ、怯えられている」


 白熱から覚め、はっ! となったイシスに、作業の手を止めた全員の視線が集まっていた。

【名無し】の剣士は怪訝そうな表情を浮かべ、怯えた表情を浮かべるキリを、無法者の【騎士ドラウグル】が庇うように立つ。


「……こ、こほんっ! まぁ、それはそれで面倒なような、そうでもないようなのよ。それより我が同胞たる【魔神】ディスコルディア、お前はなかなか面白い契約者を見つけたのよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ、我が同胞たる【魔神】イシス」













 キリは額から大粒の汗を垂らし、荒い息をぜぃぜぃ吐いてその場にへたり込んだ。

 でもそれは、ずっとやっていた心身共に決して慣れてはいけない、重い作業の疲れじゃない。


「あの女の子たち、【魔神】っていうんだ……」


 なんだか分からないけど、怖かった。

 言うことを聞かない子供を大人が脅しつけるとき、引き合いに出すお化けなんかより、ずっと。

 なんていうか、あれはむしろ――

 昔、いつだったか忘れたけど、夏の暑い日だったと思う。

 友だちとみんなで畑の草むしりを手伝ったお礼に、スイカを一玉もらったことがあった。

 共同井戸の水で冷やして食べたらおいしいんじゃないか? って、ロロかモルあたりが言って、じゃんけんで負けたキリが水を汲みに行くことになった。

 縄の先についた桶を放り込んで引っ張って汲み上げようとしたのだけど、うまくいかなくて――

 その時のことを思い出してしまったキリは、両手で震える自分の身体を抱きしめた。

 きっと、【魔神】たちが怖いって思うのは、あの時見てしまったものを連想させるからに違いない。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」


 はっ、と顔を上げると、心配そうな顔で見ていたその人と目が合う。

 つば広で先端が潰れた軽そうな帽子からは、琥珀色アンバーの髪がのぞき、リーフグリーンの目が心配そうにキリを見ていた。


「だ、大丈夫、です」


 小柄な人だった。少年って言う方がしっくりくるかもしれない。

 厳密に言えば、人ではないのだけれど。

 この人もまた【騎士ドラウグル】――デッド・スワロゥと同じ存在なのだという。

 身に纏うのは、ブルーの麻のシャツに薄汚れた茶色のジャケット、テントに使った方がよさそうなごわっとした感じのズボン、トゲトゲが生えた奇妙な円環が踵に飾られたブーツ。

 中でも一番目を引くのは、腰に巻いた派手なベルトだ。両脇にそれぞれ変な形のポケットが付いていて、ひどく歪んだ杖の握りみたいなものがそれぞれ差し込まれている。


「休んでな。あとは俺たちに任せてくれりゃあいい」

「で、でも……」

「いいから休めって。子供が必要以上に辛いものを背負う必要なんてねぇんだ」

「…………」


 本人は普通に話しているつもりなんだろうけど、言葉遣いのせいでちょっとだけ怖い。

 だけれども、向き合ってくれる態度は真摯だ。そうじゃなきゃ、真っ直ぐ目を見て向き合ってくれないだろう。

 キリはシャベルを置くと、その場を離れた。あのままいたら、邪魔になるだろうから。

 今更ながら、喉がひどく渇いていたのに気づく。

 共同井戸へ向かおうとして――ふと、もう潰れて使えないのだということを思い出す。

 そして、使えなくてよかった、と不謹慎にも思ってしまった。

 いつかの夏のあの日、水をうまく汲み上げられなかったキリは、なにを思ったのか上から底を覗いたのだ。

 冷たくておいしい水が湧く井戸の底には、深淵があった。

 わだかまる、くろぐろとした闇。ただただ、それは真っ黒で――

 キリが見る【魔神】たちは、そんな得体の知れない怖ろしいものを、隠そうともしていない。

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