第27話 村の人たちは――


 ディスコルディアは腕を組み、地上を睥睨していた。

 そこにはかつて、村があったという。

 アシュロンの森という黒い海の上にたった一つだけ浮かぶ小島を思わせる村の名は、トルシュ村。

 日々の幸せと安寧を願う「悪」しき亜人たちが慎ましく生きていた平和な村だと、あの小娘――キリは言っていた。

 だが、今は――

 トルシュ村のあちこちに、無数の盛り土がされている。盛り土の数だけ、木の板が立っていた。

 それらは墓標だ。

 黒い塗料で刻まれる文字は、少し前まで生きていたトルシュ村の人々の名なのだという。













「ロロ、モル、ラロ、アジス爺ちゃん、メヒコおばちゃん、ミディーおじちゃん、ボゥラさん、ドゥーラさん――みんな」


 その中の一つ、ある人物の名が書かれた墓標の前に、キリは立っていた。

 目を閉じて、穴を掘って泥だらけになった手で、墓標の主が残してくれたペンダントをぎゅっと握りしめる。


「ロナー……ねぇ、ロナー。わたし、これからどうしたらいいのかな……。みんないなくなっちゃったよ……死んじゃったよ」












 時計の針を戻そう。

 

 あの後――

 レッサー・ドラゴンをなんかすごい力で一撃で倒した人が協力してくれて、キリはトルシュ村に戻ることができた。

 だけどそこはもう、キリが育った大好きなトルシュ村じゃなかった。

 無惨に打ち壊された、みんなで協力して建てた家屋。

 焼け野原になった、収穫が楽しみだった畑。

 ぐしゃぐしゃに潰れた、ご近所さんとよくおしゃべりした共同井戸。

 生活を支えてくれた家畜たちは、みんないなくなっている。

 村の人たちは――













 キリは、走っていた。

 滅茶苦茶になってしまったトルシュ村を走り回っていた。

 そして、みんなの名を、叫んだ。

 望みを絶ちたくなかった。

 ひょっとしたら、誰か生き残っているかもしれなくて、生きてどこかに――洋服タンスの中とかベッドの下とか、とにかくどこかに隠れて震えているかもしれなくて、そうだったら怖くて涙を流しながら助けを待っているかもしれなくて。

 やがて声が枯れかけたころ、キリは辿り着いた場所を前に震えていた。

 深呼吸を、繰り返す。何度も、何度も。

 そして――意を決し、酒場のドアを開く。


 酒場には、トルシュ村のみんながちゃんといた。

 みんな、死んでいた。

 キリは、その場に泣き崩れた。

 





 その無法者が辿り着いた時、キリは酒場の裏手にいた。

 そして無言のまま、自分に課した労働をしている。

 打ち壊された家屋の破片らしき一枚の板を手に、地面を掘り続けていた。感情が消え失せた表情で、ただただ機械的に。


「みんなを埋めてあげたいんです。せめて……人らしく」


 ぽつり、とキリは呟いた。

 板を地面に突き立て、掘り起こしては土を投げ捨てる。

 単純な作業。それが自分の正気を保つ唯一であるかのように、キリは身体を動かし続けた。

 とてもじゃないが、子供一人が担う仕事量じゃない。

 それ以前に、痛々しすぎて見ていられなかった。


「手伝うよ。シャベル、どこにあるか分かる?」

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