第3章 VS. スコルピオン・デス・ロック

第26話 それの名は、【スコルピオン・デス・ロック】。


 ボルックス一味は、アシュロンの森を根城とする一団だ。

 主な活動内容は、盗みと殺し。

 他者から金品を奪ってものにし、歯向かってくる者は殺す。歯向かってこなくても面白ければ他者を殺す。金品に変えるためなら他者の人としての尊厳すら奪うし殺す。

 一言で言い表せば、ボルックス一味とはならず者の集団だ。

 だが、それは最早過去の話である。

 何故ならば――


 ギャリリリリッリリッッィ!!













 囚われの身に堕ちて、一体どれくらい時間が過ぎたのだろう。

 ガーネットは、恐怖で目を大きく見開き、震えていた。

 それは、自分を捕らえたならず者たちへの恐怖ではない。

 部下に助けられ、ガーネットは赤毛の謎の男による虐殺から辛うじて逃げのびた。

 だが、アシュロンの森からは逃げられなかった。

 潜んでいたならず者の一味に襲われたガーネットは、部下共々囚われの身に堕とされる。

 鎧と軍服を剥ぎ取られ、アンダーシャツの上から縄で戒められるという、【黒竜帝国】軍人としての屈辱と女としての恐怖――


 ギャリリリリッリリッッィ!!


 ――そして、眼前で繰り広げられる光景に、ただただ震えるしかない。


 荒れ狂うのは、銀光。

 銀光が、怒号を放つ。

 怒号は、皆殺しを詠う。


 振るわれる都度、ならず者たちの命が散っていく。

 荒れ狂う都度、ならず者たちを一方的に殺していく。

 ガーネットは、知っている。

 それの名は、【スコルピオン・デス・ロック】。

 ガーネットを救いに現れた者の異名であり、【黒竜帝国】の打ち破られざる絶対の力の一つ。




 やがて銀光は収束し、静寂が降りる。

【スコルピオン・デス・ロック】は、ガーネットと傍らに転がる部下を一瞥すると、その場を立ち去った。













「ご無事ですかっ!?」


【スコルピオン・デス・ロック】と入れ替わるよう、人影が二つ、駆け寄ってきた。

 縄に、ナイフが入れられる。切れた縄が地面に落ちて、ガーネットは戒めから解放される。

 人影の正体が女性であり、【黒竜帝国】の軍服と鎧を纏っているのを見たガーネットは、ようやく人心地ついて、ほっと身体の力を抜いた。


「……何故」


 ようやく、涙が出た。

 どこか茫然と、言葉をもらす。


「【六竜将】が、ここに……?」













 夜の撤退と同時に、空がしらむ。

 その下に黒く横たわるアシュロンの森に開いた洞窟の入り口には、数多くの人影が屯していた。

 人間の女が、獣人の男が、エルフの男がいる。

 その中には、ダークエルフの女が、リザードマンの女が、鬼人キジンの男が、ドワーフの男がいる。

 性別も、種族も雑多。身に纏うのは【黒竜帝国】の軍服と鎧、【黒竜帝国】軍に属する者の証だ。

 とはいえ、異常な光景である。

「善」なる者と「悪」しき者の境が存在していない、この一種の混沌とした光景は。

 されど、【黒竜帝国】では、統治者であるベラドンナに賛同する者の間では、正しいことである。

 そこに、【スコルピオン・デス・ロック】が現れる。足取りは悠々と、担いだ得物から血を滴らせて。

 全員、一様に背を伸ばした。顎をあげ、一糸乱れぬ敬礼をする。


「ご苦労」


 悠々と歩く【スコルピオン・デス・ロック】は、手を振って皆を労った。

 ――と、唐突に、その足が止まる。


「殺しの臭いが、するな」


 触覚をひくつかせて、【スコルピオン・デス・ロック】は呟く。

 白目と瞳がない闇色の目は、既に何かを捉えているようだった。

 何かとは、敵だ。

 敵とは、屠るべき存在だ。

 屠るのは、戦士の誉だ。

 おもむろに、【スコルピオン・デス・ロック】はぐぅっと膝を曲げ、跳んだ。

 そのまま、飛翔する。


「全員、ここで待機だ。俺はちと、死合たたかってくる」



 ヴァリヴァリと――白む空、天と地の狭間を引き裂く、雷鳴じみた爆音が鳴り響く。

 既に、【スコルピオン・デス・ロック】は出撃しとびたっていた。


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