第25話 されど、おとぎ話のヨルムンガンドは形を変えて蘇る。


 土方は、天を仰ぎ見る。

 中空に浮かんでいた二つの人影と、目が合った。

 純白のウエディングドレスを纏った少女と、ピンクのナース服を纏ったツインテールの少女。

 一人は目を閉じたままかすかに口端を浮かべて微笑み、一人は無邪気な微笑みを浮かべて「やっほー!」と手をぶんぶん振ってくる。

 彼女たちは、【魔神】。

 土方とジャンヌ、今は亡き井上源三郎を【異世界】へと導き、【騎士ドラウグル】に転生させた、謎に満ちた存在。

 美しい容姿とは裏腹に、数多の流血と死をこの世界に望む、底なしの悪意を秘めた者ども。

 勿論、べラドンナは【魔神】を知らない。

 それどころか、土方の裏切りも。

 土方はベラドンナの勢力に与し、戦っている。だがそれは、ベラドンナの野心を満たすためではない。

【異世界】の存亡など、胸くその悪い侵略国家の未来になど、全く興味ない。

 それでも土方が戦うのは、今わの際の井上源三郎から託されたもの――そして、帝都に残しているか弱い存在を護るためだ。

 否、話はそれ以前である。

 土方の主君は、まことの忠義を誓い捧げるのは、唯一人。

【誠】の旗と士道を背負い、散った朋友ともだけ。













 おとぎ話によれば――

 その昔、あまりにも強大な力を持つ巨大な竜がいた。竜の名は、ヨルムンガンドといった。

 古き神はこの竜を畏れ、海底に縛り付け、終焉の刻まで動けなくなる呪いをかけたという。

 だが、終焉の刻が訪れた時、ヨルムンガンドを戒めていた呪縛は打ち破られることになる。

 ヨルムンガンドは陸に這い出て、そして、古き神々を滅ぼしたという。



 おとぎ話の続きによれば、ヨルムンガンドは無残な結末を迎えることになるという。

 古き神々だけでなく、世界をも滅ぼそうとするヨルムンガンドは、突如大海を割って現れた新たなる神々、【雷神】と【風神】によって撃ち滅ぼされるという。



 されど、おとぎ話のヨルムンガンドは形を変えて蘇る。

 若き女皇帝ベラドンナの野望のシンボルとして。

 その姿を旗に刻み、【黒竜帝国】は進軍する。

 古き神々も新たなる神々も存在しない現実では、強大な力を持つ強大な竜を止められる者など、いない。













「デッド・スワロゥ、もう、その辺で許してあげたら、どう、かな……?」

「お嬢ちゃん、いいこと言う! えーと、あのー、つまり……だからさ、何度も言うけど、いきなりRPG-7ぶっ放したのは悪かったよ。でも、あれはあのデカブツからアンタたちを助けるためだったんだって、いや、マジで! ってか、アンタが同じ【騎士ドラウグル】だったなんて知らなかったんだよ、これもマジで! つーか、助かったからいいだろ、だからお願いします……もう許してぇぇぇぇぇ!!」

「お前の不用意な行動が原因なのです、このバカチン! 巻き添えでワタクシまで正座セイザという拷問を受けているのはっ!」

「ぎゃーっはははは!! あーっはははは!!」

『うーん、見た目はアレだけど意外とイケるな、これ。酒が欲しくなる』


【名無し】の剣士は、レッサー・ドラゴンの肉を熾した火で炙って食べていた。

 傍らでは、しこたまぶん殴られて頭にでっかいタンコブをこさえた【騎士ドラウグル】の無法者と、無法者が連れていた【魔神】が、揃って正座させられている。

 それを眼前に、腹を抱えて笑い転げるのは【魔神】ディスコルディア。

 どうしたらいいか分からないキリは、ただおろおろ狼狽えている。


 アシュロンの森の片隅でカオスな騒ぎを繰り広げている連中は、【異世界】を揺るがす脅威など、当然知る由もない。

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