第24話 すぱぁん! と、額に手刀が炸裂する。


 刺客が全滅するまでに要した時間は、太陽がほんの僅か動く程度でしかなかった。

 まだ肌寒い初春の風が気まぐれに通り過ぎ、わだかまっていた土埃と血臭を連れ去っていく。


「大義であった! 我が【騎士ドラウグル】、土方ヒジカタ歳三トシゾウ!」

「…………」


 主君のねぎらいに、土方が答えることはなかった。

 言葉では。

 すぱぁん! と、額に手刀が炸裂する。


「ぁだあっ!?」


 手加減はされていたものの、ベラドンナは頭を押さえてしゃがみこんだ。


「ちょ、なにをす」

「ささやかながらの抗議だ。戦場いくさばで囮役を仕掛ける、バカへのな。」

「抗議というものは、普通言葉で行うものではないかっ!? この不忠義者!」

「抗議というものは、通常暴力で行うものじゃないのか? このバカ主君」

「そ、の、と、お、り!」


 瞬間、殺気が膨れ上がる。

 土方のものではない。

 背の棺桶を落とす。パターン的にこの後どうなるか、判り切っているからだ。

 がごんっ! と棺桶の蓋が外れる音と、土方が振り返り様掲げた左腕に蹴りが炸裂するのは、同時だった。

 土方は鬱陶しげに、奇襲を仕掛けてきた相手が引くよりも早く、その足を掴む。


「びゃぁぁああん!! 嫌ぁぁぁっ!! 放しないさいぃぃぃっ!」


騎士ドラウグル】にとっては子猫のじゃれあい程度だが、人間であれば腕一本、容易く破砕してしまう強烈な一撃を放った相手のものとは、とてもじゃないが思えない情けない悲鳴だった。

 土方に片手一本で逆さ吊りにされ、びーびー悲鳴を上げているのは、小柄な白皙の美少女である。

 女鹿のようにすらりとした身体にパンツスーツ――【転生者】によって「異なった」世界から伝えられたという衣装をきっちり纏い、長く伸ばした髪は斜陽を浴びて輝く麦穂を思わせるあかがねがかった黄金。


「背中から殺るつもりならもう少し巧くやれ、ジャンヌ。不意打ちは、力以上に狡猾さが要求される手段だぞ」

「黙りなさい、土方ヒジカタ! 陛下のねぎらいのお言葉を右から左へ受け流し、あまつさえその御身体に手刀チョップを振り下ろすなどっ!」

「すまん、次回から尻叩きにする」

「お前は陛下を傷物にするつもりですかっ!」

「お前は俺を一体なんだと思ってるんだ」

「性格および論理破綻者かつ武力信者、ついでに非紳士の鑑たる悪漢です。少しは源三郎ゲンザブローを見習ったらどうですか?」

「俺に源さんと同じものを求めんな」


 土方は、嘆息する。

 同じ【騎士ドラウグル】ではあるが、どうもこの少女、ジャンヌ――ジャンヌ・ダルクとうまくいった例がない。

 憶えている限り、源さんこと井上いのうえ源三郎げんざぶろう――かつて土方が生きた「異なった」世界で共に【新撰組】を率いて戦った盟友であり、転生を遂げたこの【異世界】でも共に戦った【騎士ドラウグル】に、ジャンヌは随分と懐いていた。

 だが、井上源三郎はあの忌まわしい事件で、命を無惨にも奪われた。


 殺ったのは、同じ【騎士ドラウグル】。

 はるか未来の技術で造られた銃を操る、白衣の狙撃手、シモ・ヘイへ。






「無意識でジャンヌを苛めてやるなよ、土方」


 背を叩かれる。

 気付けば、いつの間にかベラドンナが背後に立っていた。

 見れば、ジャンヌの身体が小刻みに震えている。

 自分を捉える側からの鬼気に当てられたのか、灰色がかった青い目には強い怯えがあった。


「……悪い」


 手を離す。

 解放されたジャンヌは転がるよう土方から距離を置くと、跪いてベラドンナに臣下の礼をとった。


「陛下、お目汚しを……このジャンヌの醜態を、どうかお赦し願いたく」

「はっはっは! そのようなこと気にするな。わたしにとって、お前たちもまた人と同じだ。我が【騎士ドラウグル】ジャンヌ・ダルク、期待を裏切らぬ活躍、大義であった」

「はっ! 身に余る光栄でございます! このジャンヌ、これからも陛下の御ため」


 口上が長く続きそうだったので、土方は二人から意識を外す。

 ジャンヌはベラドンナを主君と仰ぎ、絶対的な忠誠を誓っている。

 機甲歩兵メルカバを駆り、ベラドンナをこの【異世界】全てを統べる絶対支配者とするため、戦いに全てを捧げている。

 それが、【騎士ドラウグル】への転生を遂げた者の使命であると、疑いもせず。


 ――だが、それは果たして、ジャンヌ本人の意思なのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る