第22話 ――その名を、【ラ・ピュッセル・ドルレアン】という


 ドームから解き放たれた白亜の巨人もまた、機甲歩兵メルカバだった。

 そのまま重力の法則に従い、地上に向けて垂直の落下を開始する。

 白亜の機甲歩兵メルカバは、美しかった。まるで、見る者全てにそう思わせるためだけに存在しているようだ。

 丸みを帯びたたおやかな肢体は、全て女性の身体を模したもの。

 血腥い戦場を駆け抜ける兵器というより、美の女神の幻想に憑かれた名工が生涯をかけて造った美術工芸品のようである。

 それが、彼女が搭乗する機甲歩兵メルカバ――


迎撃げいげき戦闘せんとう聖女せいじょ【ラ・ピュッセル・ドルレアン】、これより出撃します」


 ――その名を、【ラ・ピュッセル・ドルレアン】という。

 凛とした宣言と共に、その背中が爆ぜ割れる。

 噴き上がったのは、夏の太陽を思わせる眩しい輝きを放つ、純白の翼。

【ラ・ピュッセル・ドルレアン】は、翼を力強く羽ばたかせる。

 向かう先は、戦場。そこに、全てを捧げた主君がいる。



 振り下ろされる、【雷神】と【風神】の大剣。

 その衝撃に、ガォン! と大地が震えた。


 だが――












「チィッ!!」


 標的を打ち砕くことは、叶わなかった。

 打ち砕く寸前、飛び出した黒い疾風が、ベラドンナをかっさらったからだ。

 それがなんであるのか、罵声を発した【風神】が知ることは最期までなかった。

 衝撃に、襲われる。同時に、轟音。

 傍らの【雷神】が、破砕される。

【風神】がそれを知るのは、アッパーカットの一撃を胸部に受け、打ち上げられた遥か上空でのことだ。

【鉄馬の王国】の守護者と謳われる機甲歩兵メルカバ、【雷神】は、今は原型を留めぬスクラップと化していた。


 ――一体、なにをした!?













【ラ・ピュッセル・ドルレアン】は、水鳥の羽根のように優雅にその傍らにふわりと降り立った。

 その手には、既に得物――巨槍がある。

 がりッッがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりッ!!

 空へと打ち上げられた【風神】へと向けられるその先端部は、金属の哭き声じみた音を立て、高速で回転していた。













 相手の機甲歩兵メルカバの破砕音、そして、破砕する感覚。

 それらは全て一体となり、【ラ・ピュッセル・ドルレアン】が感じるまま、彼女に伝わってくる。


 唐突に――


「!!」


【ラ・ピュッセル・ドルレアン】は、後方に跳び退いていた。

 そうしなければ、【風神】が放った斬撃をモロに受けていたに違いない。

 既に、【風神】は態勢を整え、立っていた。

 はっきり言って、無惨な有様だ。その左腕は、根本から無くなっているのだから。

 正直、相手の技量に、驚嘆するしかない。

 得物の巨槍――【ジェルジオの竜殺槍りゅうさっそう】の必殺の刺突を、相手の機甲歩兵メルカバは逃れていた。

 咄嗟に両手の大剣を投げ捨て、左腕を突き出し、あえて犠牲にすることで。

 破砕される際の衝撃を利用し、空中で態勢を変え、着地。

 そして、大剣――スクラップ化した【雷神】が構えていたそれを拾い上げ、斬りかかってきたのだ。


 ――あと一歩遅ければ、一撃を喰らっていた!






 隻腕となった【風神】は、今や形見となった【雷神】の大剣を構えなおす。


「恐ろしい……が、凄まじい腕だ!」


 無意識のうちに形となった声は、相手の機甲歩兵メルカバが持つ底知れぬパワーと、卓越した操縦技巧への畏れと――自分の人生最強最大の相手と相対することへの歓喜に震えていた。

 故に、名乗らざるをえない。


「ディートリヒ・ジルバ。【鉄馬の王国】が誇る撃墜王エース、階級は中尉だ」


 非常識なのは分かっている。

 戦いの最中、敵に話しかけるなど。敵を賞賛するなど。

 なにより、奇襲を仕掛けた側が、名乗りを上げるなど。

 これで、完全に詰んだ。

 だが、【風神】――を駆る者、ディートリヒは笑っていた。

 自分を苛むものは、今ので全て消えた。

 これで、あくまで自己満足に過ぎないだろうが、機甲歩兵メルカバで生身の人間を殺すという、機甲歩兵メルカバを駆る者最低最悪の禁忌を犯そうとした卑劣漢として死なずに済む。













「…………」


 対し、相手は沈黙した。

 勿論、ディートリヒはその間何も仕掛けなかった。

 答えが返されるのは、たっぷり三分経過してからだ。


「階級、名誉の称号、過去、信仰……我は、その全てを持たざる者。

 我は、全てを捨て去りし者にして、全てに棄てられし者。

 我は、ベラドンナ陛下の御身を守護する者まもりしもの

 我が名はジャンヌ。

騎士ドラウグル】ジャンヌ・ダルク」

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