第21話 その様はさながら、ヨルムンガンド。  封じられるも呪いを打ち砕き、古き神々を滅ぼしたおとぎ話に謳われる竜の如し。


 遥か彼方の天空、たとえ翼を持つ者であっても決して届かざる高みに、それは存在している。

 胎児のように膝を抱え、サファイアの輝きを放つドームに収まる機械の巨人は。

 徐に――その双眸に、光が灯った。

 同時に、ドームが霧散する。

 巨人が、身体を伸ばす。その全貌が露わになる。

 全長、およそ18メートル。白亜の全身に纏うのは、蒼穹色の鎧。

 彼女の意思は、既にコックピットに在る。












機甲歩兵メルカバか」

「いかにも!」


 一言で言い表せば、それは、人を象った巨大兵器である。

 それが、機甲歩兵メルカバだ。かつて、魔王の軍勢と戦うため、【転生者】が「異なった」世界の技術を組み込んで作り上げたというものだ。

 はっきり言って、兵器として異色もいいところである。

 10メートルを優に超えるこの巨体の内部に人が乗り込み、中に編み込まれた複雑なシステムを操り、戦うのだから。


「ふむ」


 ベラドンナは、そびえ立つ二体の機甲歩兵メルカバを見た。

 全長、共におおよそ14メートル。

 一言で言い表すなら、その外見は鎧を纏った機械の巨人とでも言うべきか。

 顔を覆うバイザーの奥には、赤光を放つ六つの目があった。

 背には、あまりにもばかでかすぎる大剣を二振りクロスさせたものがある。

【雷神】と【風神】の鎧、真紅に縁どられた黄金とコバルトブルーに縁どられた白銀が、陽の光を受けて眩しく輝いた。

 振るう拳はドラゴン種族の頑強な肉体を粉砕し、一足一歩は歴戦の兵士の隊列を崩壊させる。

 一騎当千の、超戦力。それが、機甲歩兵メルカバだ。


 しかし――


「くっ……ふ、はははははははははは!!!」


 ベラドンナは、そのような驚異を前にして――高らかに、嘲笑い飛ばした。













 そんなベラドンナを、機甲歩兵メルカバを駆る者たちは、嘲笑っていた。

 彼らにしてみれば、「悪」しき亜人と魔物を、「善」なる人間と獣人とエルフと同等に扱うベラドンナは、昏君こんくんである前に狂人である。

 父親である先帝ドミティウスの愛妾と隠し子を全員暗殺して廃人に追いやり、更に帝位継承権を持つ兄弟姉妹きょうだい全員を陰謀に陥れて皇帝の地位についた女だ。当たり前といえば当たり前である。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

【鉄馬の王国】は、その出現をむしろ好機と見ている。

 事なかれ主義で外交においてほぼイエスマンだったドミティウスの代は、様々な産業と資源産出に恵まれた地を版図とする【黒竜帝国】からは、様々な利益あるものが搾取とり放題だった。【鉄馬の王国】を含む国々は、大きな利益を湯水のように得ていた。

 しかし、ある時を期に全て駄目になる。即位と同時にそれら全てを蹴る政策をとった、ベラドンナのせいで。

 そればかりか、ベラドンナはそれまで【黒竜帝国】が受け続けた屈辱を晴らさんと、このアルカンシェル大陸を含む全大陸と全ての海を統治下に置くという、とんでもない目的を掲げた。

 そして――持てる力と軍勢全てを率い、各国に宣戦布告し、武力による侵略を行っている。

 その様はさながら、ヨルムンガンド。

 封じられるも呪いを打ち砕き、古き神々を滅ぼしたおとぎ話に謳われる竜の如し。


 ――されど、【雷神】と【風神】は知っている。


 おとぎ話の続きによれば、ヨルムンガンドは無残な結末を迎えるのだ。

 ヨルムンガンドは古き神々だけでなく、世界をも滅ぼそうとする。

 しかし、突如大海を割って現れた新たなる神々の手によって滅びを迎えるのだ。

 滅びをもたらすのは、【雷神】と【風神】という双子の神々。

【雷神】は稲妻を、【風神】は大嵐を、共に力を合わせてヨルムンガンドにぶつけ、打ち滅ぼすのだという。

【雷神】と【風神】は、背のばかでかすぎる大剣を引き抜いた。

 おとぎ話の如く、敵を討つのもまた一興だ。


 対し――


「そうだ、殺してみろ。わたしは今、ひとりだぞ」


 ベラドンナは、振り下ろされる死を前に――溢れんばかりの喜色を湛えて微笑んでいた。

 勿論、【雷神】と【風神】は躊躇わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る