第19話 「出撃だ、準備を整えろ」
ベラドンナ・オブ・ミッドガルズオルム。
3年前、退位した父帝に代わり、わずか15歳の若さで即位した若き皇帝である。
その威厳と英知、政治手腕と統率能力は、建国者である初代皇帝ミッドガルズオルムと並ぶと評価も高い。
更に、文武両道を体現するかのように、剣術にも優れている。かつて師事した老剣士から譲り受けた腰に帯びた日本刀を、己の手足以上に操るのだと。
戦場に踊り出れば敵将を馬ごと真っ二つに切り裂くその太刀筋は、ドラゴンや巨人すら一撃で屠るという。
「ブライアン。この度のそなたの子息の不幸は、残念なことだ。そなたの悲しみについては、察するに余りあるだろう。だが、この現状を考えろ」
「…………」
「そなたは、血肉を分けた我が子だけでなく、教えを授け、忠義を捧げるそなたの
「無駄死、など……!」
「ブライアンよ。そなたは、第七魔法兵軍の将ではないのか?」
「…………」
ブライアンは、唇を噛み締めた。
軍隊は、徹底的なリアリズムを必要とする。
第七魔法兵軍を率いる将として、理解していることだ。
だが、それを割り切れない父親としての自分もいる。
されど、ベラドンナの言うことは、戦いの指揮官として正しいことだ。
しかし――
頃合いを見て、ベラドンナは答えを出せないブライアンから視線を外した。
「そろそろ、仕掛けるか」
傍らにあるのは、軍議の場にはおおよそ在ってはならぬものだ。
それは、引き伸ばされた六角形の黒塗りの箱。
戦場に赴く者に対し、それは死を連想させる不吉の象徴である。
死者を納める祭具たる、棺桶は。
ただし、それはベラドンナのものではない。ベラドンナが納まるためのものではない。
「我が【
「…………」
「ここに控えております、陛下」
黙した男に代わり、細く滑らかな女の声が答える。
若干くぐもるのは仕方がない。声の主は、出番を除けば常に棺桶に収まっているのだから。
「出撃だ、準備を整えろ」
「御意!」
「陛下!」
視線を戻せば、激高したブライアンと目が合う。
「まさか……! この度の戦いに、あの者たちを出すおつもりなのですか!?」
「そのつもりだが?」
「恐れながら、申し上げます。陛下はあの者たちを信頼しすぎではありませぬか!」
「…………」
「陛下の御ため、戦場に赴き戦うのは、我ら誉れ高き帝国軍人の務めにございます。されど、あの者たちは帝国軍人ではありませぬ。それどころか、人間でもエルフでも獣人でも、ましてや亜人でも魔物でも……あれは」
そう、あれは……
「だから? だから、なんだというのだ?」
対し、ベラドンナの目は冷たかった。蔑みの眼差しで、ブライアンを見据える。
「人間だから? エルフだから? 獣人だから? 亜人だから? 魔物だから? だからなんだ? 実力を持つ者、示す者、努力をする者、成果を出そうとする者、抗い戦い生きようとする者……果たしてそれらに、種族の違いなどあるのか?」
「し、しかし……」
ブライアンは言い淀む。
正直、ベラドンナの発言は許されざるものだ。
異端もいいところである。この世界における「人間とエルフと獣人以外はすべて「悪」しき存在である」という絶対のルールを否定するなど。
それ以前の話、ベラドンナの思想は、皇族以前に人として危険もいいところなのだ。
種族・血筋・過去、その全てを、ベラドンナは鼻で笑う。代わりに、個人の能力・努力を非常に尊ぶ。
亜人や魔物であっても、忠誠を認めれば臣下に加え、己が実力を示せば地位を与え、罪を犯せば人間・エルフ・獣人の「善」なる存在であれ苛烈な罰を下す。
一言で言い表せば、能力・実力こそ全てであることを信念として掲げ、重んじる主義者。
さながら、一国の統治者たる皇族ではなく、魑魅魍魎の類のおぞましい存在を束ねる魔王じみた思想である。
実際、そうだ。
ブライアンは、膝が震えるのを感じた。
真正面から対峙すれば、誰でもこうなる。
嘘だと思うのなら、その眼差しを受けてみるといい。
前にすれば、流れ出る冷や汗を拭うことすら出来なくなる。
高く深い知性を持つ賢君の光と戦いと流血を好む暴君の闇を同時に併せ持つ、絶対王者の眼光を受ければ。
ベラドンナは、生まれながらの王なのだ。
護るべき臣民と臣下、己がために戦う軍と戦士たちを従え、世界を統一せんと羽ばたく頂点。
「あの者たちは、その価値を世界に
平原は、にわかに慌ただしい空気に包まれていた。
ベラドンナから下された命令は、この場からの速やかな撤退である。
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