第18話 その名を、ベラドンナという。
「【鉄馬の王国】の兵たちの士気は、こちらが思うより高いようですね」
平原に建てられた臨時の天幕。その中で、【黒竜帝国】の高位将校たちがテーブルを囲んでいた。
皆一様に、険しい顔をしている。
小さな巨人と謳われる小国【鉄馬の王国】は未だ抵抗を続け、【黒竜帝国】への併合を撥ね除け続けている。
それもこれも――
「やはり、【
【鉄馬の王国】には、一人の英雄がいるという。【姫巫女】の異名を持つ稀代の天才女魔術師、その名はソルカダニ。
幼い頃から遺憾なく己が魔術の才能を発揮し、わずか十四歳で王城へと召し上げられたソルカダニは、宮廷魔術師として【鉄馬の王国】の繁栄と調停に貢献し続けているという。
そんな強い愛国心の見本のようなソルカダニが、【黒竜帝国】の祖国への進軍を黙っているはずもなく――
「救世主気取りか、たかが稀代の天才と持てはやされる程度の女宮廷魔術師が」
「鼻持ちならぬ」
「されど、危険因子です」
「同感だ。戦のカリスマを有する者に、数多の殉教者はつきものだろう」
「【鉄馬の王国】の民度が知れますな」
「失礼いたしますっ!」
静かな怒りが内包された悪罵が飛び交う中、天幕に転がり込んでくる者がいた。
若い通信兵だ。自身にとって遥か目上の存在たちに向けて兵士の礼をとると、声を張り上げる。
「魔法無効化の結界が、ミョルミル要塞全域に敷かれたとのことです!」
「なんだと!?」
一人の高位将校が、目を剥いた。赤毛の偉丈夫、第七魔法兵団を率いる将軍だ。
「大尉は……分隊長は……ブリスキーは……いや、先に突入した分隊は、どうなった!?」
「つ……通信魔法が遮断され、連絡がつかない状況にあり、安否は……」
やってくれたのは、間違いなくソルカダニだ。兆候すら見せず国防の要の全域に魔法無効化の結界を敷くとは……稀代の天才と賞賛され、【姫巫女】の異名を持つ魔術師なだけある。
だからといって、褒めるつもりは全くないが。
分隊を率いていたのは、赤毛の高位将校――ブライアンの息子である。
この場に在る全ての者、その誰もが、その生存を絶望していた。
ブライアンの息子は魔法攻撃兵だった。魔法攻撃に特化した兵だ。
それが、魔法無効化の結界に飲み込まれたのならば――
ブライアンは、やおら立ち上がった。
故に、察した他の高位将校たちの行動は様々だった。
止めようと口を開きかける者、腰を浮かす者、傍観に徹する者。
しかし既に、ブライアンは軍議の場から外れている。
テーブルを横断した先へと、双眸は向けられていた。
視線の先に掲げられるのは【
そこに座すのは、異装の存在だった。
この場に在る誰よりも、若い。なにせ、二〇歳にも達していないのだから。
透き通るような白い肌の、女人の色香と少女の輝きの狭間に立つ、美しい女である。
身に纏うのは、漆黒のドレス。ただし、金糸、銀糸、精緻かつ華美な刺繍――が、一切施されていない、まるで喪服のようなデザインの。
その輪郭を彩るのは、胸当、籠手、臑当。鉄靴――いずれも、使い込まれた鎧の部位。
腰に帯びるのは、
黒塗りの簡素な拵えの鞘に収まるそれは、独特の反りを持つ細身の刀剣――日本刀。
貴族の正装とも軍人の典礼の衣装とも呼べない、奇妙な衣装を纏う美女である。
「ならぬ」
その声は、鋼のように硬い。
左目にかけたモノクルの奥、オーロラの輝きを帯びた銀の瞳が、厳しい光を湛えてブライアンを見据えた。
【
「陛下! ベラドンナ様!」
【黒竜帝国】を統治する女皇帝――その名を、ベラドンナという。
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