第2章 ヨルムンガンド

第17話 竜の名は、ヨルムンガンドといった。

 

 おとぎ話によれば――

 その昔、あまりにも強大な力を持つ巨大な竜がいた。竜の名は、ヨルムンガンドといった。

 古き神々はこの竜を畏れ、海底に縛り付け、終焉の刻まで動けなくなる呪いをかけたという。

 だが、終焉の刻が訪れた時、ヨルムンガンドを戒めていた呪縛は打ち破られることになる。

 ヨルムンガンドは陸に這い出て、そして、古き神々を滅ぼしたという。













 剣戟の音が、響き渡る。

 攻撃魔法の応酬が、文字通り火花を散らす。

【鉄馬の王国】の国防の要である【ミョルミル要塞】は、戦場と化していた。


「なんとしても護り抜け!」

「俺たちは壁だ!」

「一分、一秒、一瞬でもいい、時間を稼げ!」

「ソルカダニ様、万歳!」


【鉄馬の王国】の兵士たちは、叫びながら剣を、槍を振るう。攻撃魔法を放つ。

 対峙するのは、【黒竜帝国】の兵士たち。

 奴らは【大いなる竜ヨルムンガンド】の旗の元、大陸の版図を塗りかえるべく進軍する。その野心に、【鉄馬の王国】は今必死に抗っていた。






 血しぶきが上がる。また一人、斬り殺した。

【鉄馬の王国】の兵士フレールは剣を振るい、戦っていた。

 ここで【黒竜帝国】を阻止せねば、彼の祖国は蹂躙される。

 そうなれば、老いた両親と姉は、将来を誓い合った婚約者は、どうなる!?


「ソルカダニ様、必ずや勝利を!」


 あってはならぬ未来を否定するため、フレールは叫ぶ、

 その背に、敵兵が放った攻撃魔法が炸裂する。

 一瞬にして炎に包まれたフレールは、自分の命を散らした相手が誰なのか知らなかった。


【黒竜帝国】の毒婦ベラドンナに、必ずや死を……!」


 それが、フレールが発した最期の言葉となる。







【黒竜帝国】のブリスキー大尉、魔法攻撃兵を率いる指揮官は、部下たちと共に攻撃魔法を振るい、戦っていた。

 攻撃魔法を放つ。また一人、焼き殺す。

 今わの際に発した、ブリスキー大尉が仕える主君を罵倒する言葉は、感情を熱く沸騰させた。

 今一度、攻撃魔法を放とうとする。


「炎よ、射抜け!」


 前方、魔紋タリスマンを刻んだ籠手を振り下ろした先に、炎の矢が出現。

 同時に、部下たちも各々攻撃魔法を発動しようとする。

 だが、それらは瞬時に無散。


「魔法妨害、だと!? ……しまった!」


 その狼狽は、敵にとっては好機だ。

 戦場において、魔法を発動できない魔法攻撃兵など、まな板の上の魚同然なのだから。

 敵兵が振るう槍が、ブリスキー大尉の体に次々と突き立つ。


「父上……! ベラドンナ様……!」













 その王は、常に全身を覆うよう、ドラゴンを模した鎧を纏っている。

 黒地に【聖なる竜ズメウ】の紋章を刻む旗を掲げる【赤竜王国】の王は。

 そして、戦いを見ていた。

 マジックアイテム【遠見の水晶】は、術者が望む光景を見せる。

【鉄馬の王国】の若い兵士が攻撃魔法に倒れ、攻撃魔法をくらった【黒竜帝国】の将校がまた別の【鉄馬の王国】の兵士たちが振るう槍に倒れた。

 手を振ると、景色が切り替わる。

 遠見の水晶が映すのは、ミョルミル要塞より遥か遠く離れた平原。戦場を目指し、進んでいく軍勢。

 翻る旗に刻まれるのは、真紅の布地に刻まれるのは、【ヨルムンガンド大いなる竜】の紋章。


「…………」


 おとぎ話によれば、ヨルムンガンドは竜であったという。

 そして。この【異世界】の古き神々にひどく恐れられた存在であったと。


 竜とは、ドラゴン。

 ドラゴンとは、世界の絶対者たる神に恐れられる存在。

 すなわち、神の敵対者。 



「…………」


 その王は、かつて神の敵対者たるドラゴンと呼ばれた。

 かつて生きた「異なった」世界で、無慈悲と暴虐と奸計を武器に祖国と王座を蹂躙しようとした、オスマン帝国を打ち破った名君にして暴君。

 そして、今は――


「おっ始まるぜ!」


 傍らに控える存在が、眼帯に覆われていない鳩の血色ピジョン・ブラッドの左目を炯々と輝かせ、モスグリーンの軍服を纏う少女は叫んだ。

 少女は【魔神】。名を、ミスラという。

 その王――ヴラド三世を転生させ、戦乱渦巻くこの【異世界】へと渡らせ、【騎士ドラウグル】として戦いを宿命づけさせた者。

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