第16話 出会いは、いつだって偶然から生まれる。偶然は、いつだって必然である。
「あーあ、やべぇな、こりゃあ」
その無法者は、立ち上がった。
今の今まで傍観に徹していたが、流石に見ていられなくなったからだ。
BAIGISHの双眼鏡を脇に置くと、立ち上がる。
「来たれ……」
呟きは、変化をもたらした。
風がないのに、アンバーの髪がふわりと揺れる。
瞬間、足元から光が生まれた。無法者のまだあどけない少年のような顔と、その傍らに控える青いシスター服の少女の姿の【魔神】を照らす。
しかし、光はほんの数舜で収まる。その時にはもう、無法者は「呼び出した」得物を担ぎ、崖下に向けて構えていた。
照準の先に立つのは、東の果ての謎多き異国
右肩にずっしりのしかかる重さに酔いそうになりつつ、照準を合わせる。勿論、標的の移動を予測してずらすのは忘れない。
「……ひっ!」
キリは、息を呑む。
見せつけるように「デッド・スワロゥ」は冷たく青白く輝く刃を抜く。
キリは、その場にへたり込んだ。
涙はもう流れなかった。助けてくれたと思っていたのに、裏切られたのだから。
目の前が真っ黒に、絶望の色に染め上げられていく。キリは、今、絶望していた。
どこかから、笑い声が聞こえる。「デッド・スワロゥ」の側にいる、あの女の子のものだ。
絵本に出てくる闇の精霊みたいに綺麗だけど、人の運命を弄ぶ者の運命を弄ぶ無慈悲な冥府の女王のように不吉な女の子。人であるどころかこの世の存在ではありえないような、存在自体があやふやで不思議な存在。
「い、嫌……助」
命乞いは、聞き届けられなかった。「デッド・スワロゥ」は刃を構え、キリに向かって突っ込んでくる。
そのまま、刃が振り下ろされるのだろう。
キリは死ぬ――
「え? え?」
――ことはなかった。
その瞬間、絶望の色の真っ黒が、砕け散る。
当たり前だ。刃が振り下ろされることはなかったのだから。
「わたし……助かった、の?」
だけれども、キリはそれ以上に混乱していた。
何故なら――
「わたしを……助けてくれる、の?」
【名無し】の剣士は少女に向かい、跳んだ。
殺すためではない。助けるためだ。
少女を哀れんだわけでも、ディスコルディアへの反抗でも、人間が持つ理屈にあわない行動でもない。
ならば何故、助けるのか――この時はまだ、【名無し】の剣士は何も分かっていなかった。
だから、擦れ違い様に少女を片腕に抱える。そのまま、一気に突っ走る。
一瞬の時の後、轟音! 破砕された木々が吹き飛ぶ。
グォオオオオオオオオオオオオ!!!!
響き終わるより早く上がるのは、怒れる存在の雄叫び。
横手から少女がへたり込んでいた場所目掛け、巨大な何かが突っ込んでくる。
それは、魔物だった。このアシュロンの森に生息する、魔物の一体だ。
サイに似た、おおよそ七メートルの四足の体。兜のようなフリルがある頭に二本、くちばしのように尖った口の上の鼻先に一本、それぞれ長くて大きい角を生やしている。
「異なった」世界の知識を引用するならば、そいつの外見は、トリケラトプスという太古の生物、恐竜の一属に酷似していた。
「ふむ、こいつはレッサードラゴンだな」
ディスコルディアは並走ならぬ並飛行しながら、人差し指を立てた。
「この異世界では割とポピュラーな魔物だ。本来は非常に大人しい性質の魔物だが、外敵と見なした生物に対しては自分のテリトリーから排除するまでどこまでも追いかける習性を持っている。ちなみに、ドラゴンと名が付くが、ドラゴン種族とは無関係で」
『やかましい!』
逃走する【名無し】の剣士は、声にならない叫びを叩きつける。
『つーか、なんでそのレッサードラゴンとやらに、追いかけられなきゃいけねぇんだ!』
「先程お前が殺ったあのデカブツの兵士が放とうとした鉄球、あれがどうも卵を潰してしまったらしいぞ」
グォオオオオオオオオオオオオ!!!!
怒りの雄叫びが再度轟く。
しかし、次の瞬間――
その無法者は、ためらうことなくトリガーを引いた。
RPG‐7――旧ソ連が開発した携帯ロケットランチャーの代名詞ともいえるそれを、照準の先に立った相手を追うレッサードラゴンに向けて。
衝撃には備えていたものの、それでも全身に力を込めて踏ん張る必要があった。
ばしゅっ! という発射音。同時に上がる、バックブラスト(※)。
弾頭が、空気を引き裂いてレッサードラゴンに迫る。
そして、直撃!
戦車の装甲を破壊することを前提とする兵器が、その巨体を粉砕した。
「殺ったか?」
「前を見るのです、このバカチン!」
無法者は、目を丸くする。余程のことがない限り、この【魔神】が声を上げることはないからだ。
だが、瞬時に理解せざるをえなくなる。
「はぁっ!?」
表情が、驚愕の色に染まった。
目に映るのは、夜空に昇る月をバックに宙を舞う、先程照準の先に立っていた、少女を抱えた男。
お互い、目が合う。
瞬間、攻撃的な笑みと共に、憤怒がぶつけられる。
手にしていた、日本刀も一緒に。
「ギャアアアアア!?」
出会いは、いつだって偶然から生まれる。偶然は、いつだって必然である。
その必然は、いつだって
運命に
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バックブラスト
RPG-7を発射する際、砲身の後方から発生する高熱・高速の気流のこと
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