第14話 心臓が高鳴る。胸の奥が狂熱《ねつ》を帯びる。


 突如勃発した空気の暴動。

 煙幕玉と閃光玉――魔物に囲まれた際、攪乱と逃亡のため使うアイテムが発したものに、相手が怯むのが見えた。

 その隙をついて、ハインツは飛び出した。走りながら、指笛を鳴らす。


「立てますか!?」


 へたり込んでいたガーネットの側に駆け寄る。

 首がどの向きであれ振られる前に、肩を貸して無理矢理立たせた。

 タイミングよく、大型のシルエットが飛び込んでくる。指笛を聞いて駆けつけてきた、ハインツの愛馬だ。軍馬としてよく躾けられているから、この程度で怯んだりしない。

 騎乗し、ガーネットも騎乗させる。手綱を取る前に、アイテムストレージに残っていた煙幕玉と閃光玉を、ありったけぶちまけるのを勿論忘れない。

 愛馬が地を蹴る。その場からの離脱と同時に、空気の暴動が再度勃発。

 ハインツはそれに乗じ、逃亡をまんまと成功させる。











『逃げられたッ!』

「悔やむな。致し方あるまい」


 舌打ちし、咳き込む【名無し】の剣士の傍らに、ディスコルディアは降り立った。


「しかし、まぁ、なんという……!」


 しばらくの後、煙が晴れる。露わになった光景、死屍累々の惨状が広がるそれは、壮観でしかありえない。

 見込んでいた以上の活躍を見せた【名無し】の剣士を、ディスコルディアは恍惚とした表情で見ていた。

「あぁぁ!」と、思わず漏らした歓喜の言葉が、恋焦がれる殿方を目の前にした乙女みたく、熱く湿ってしまうくらいに。

【名無し】の剣士が刀を振るう様を、ディスコルディアは上空から腕を組んで見ていた。

 本来なら、ひなが自力で飛べるようになるまで見守る母鳥みたいに、側に付いてあれこれレクチャーしてやるべきだろう。

 そうしなかったのは、大いに期待をしているからだ。

【名無し】の剣士が繰り広げた大立ち回りを、ディスコルディアはきちんと見ていた。

 肉体および精神、共にとんでもないタフとしか言いようがなかった。

 勿論、それだけではない。


 纏うのは、炯々と燃え上がる殺意。

 歓喜に輝く、闘争に飢えた目。

 刃を濡らす、殺戮の欲求。



「なりたてにしては、素晴らしくよくってくれる!」


 心臓が高鳴る。胸の奥が狂熱ねつを帯びる。

 己が契約者たる【騎士】【名無し】の剣士を、ディスコルディアは恍惚とした表情で見ていた。


「フーフフ……この程度、オードブルにもならならぬというか! 嗚呼……お前はこの先、この世界で、どれほどの血を流させ、どれだけの命を刈り取り、どれだけ以上の魂を吹き飛ばすというのだ!? フフ、楽しみだ……フフフ、フーフフフフ!! わたしは、とてもとても楽しみで仕方ない!」


 今の今まで腕に抱えたままだった、意識を手放し未だ目を覚まさぬ少女を『なんとなく助けてちまったが、さて、どーすっかなー?』と、気まずそうに頭をかきながら見る【名無し】の剣士は、自分に向けて燃やされる、真っ黒なほのおのようにくらい欲望に気付いていない。

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