第13話 これが、戦い。これは、その醍醐味。


 ……一体、何が起こっている!?


 ガーネットは、後方で竦み上がっていた。

 ガムやキャラメルを嚙みながら出来るくらい、楽な任務だったはずだ。

 魔物避けの香を焚き、あらかじめ雇った冒険者が開いた道を行き、「悪」しき亜人どもを討伐するだけの。

 そんな楽しいピクニックは、今やこの世の地獄だ。

 既に、部下は全て死体となって転がっている。


「ひ、ひぃっ!」


 目が合う。闘争本能にぎらつく目と。

 ガーネットは、絶叫する。

 相手は、声も上げずに楽しそうに笑っていた。

 戦いを、なにより殺戮を、心から楽しんでいる。

 へたり込むも、刃が向けられる。

 因縁と崇拝を齎したものが、ガーネットを殺そうとしていた。











 不思議なことに、切迫すればするほど気持ちが昂っていく。

 ざっと数えて、敵の数は三十人。

 正直、一人で相手をするのに苦戦する数だ。


 しかし、それは一対三十の場合の話。

 

 斬撃が一閃、血飛沫が舞う。

 一閃は必殺、身体が砕ける。

 必殺の斬撃、命が吹き飛ぶ。


 一対三を十回繰り返すなら、余裕で勝てる。


 刀を振るう都度、五感が研ぎ澄まされていく。

 それらは収束し、身体の深い部分にまで浸透していった。

 臓腑ぞうふが興奮の熱を帯び、血が滾る。

 魂も、きっと昂っている。

 これが、戦い。これは、その醍醐味。


『へへっ……!』


【名無し】の剣士は、口元が和らぐのを感じていた。

 そして、最後の一人を斬ろうとする。

 女だが、構うものか。戦場に、男女の差別はありえないのだから。

 死にたくなければ、わざわざ武装してこんな所に来なければいい。

 しかし、次の瞬間――











 オルカが謎の男を挑発するのとほぼ同時に、ハインツは森の中に身を潜めていた。

 勿論、立派な軍紀違反である。でも、ハインツはそうせざるをえなかったのだ。

 とてつもなく最悪の予感がしたからだ。

 結果としてそれは、ハインツを救うことになる。

 まず、視線の先にいた、得物のモーニングスターを相手に見せつけるようぶん回していたオルカが吹っ飛ぶ。倒れて明らかになったその最期は、顔面が陥没した無残なものだ。

 対し、同僚たちは揃いも揃って一斉に感情を怒りで塗りつぶした。

 怒声を上げ、得物を振り上げ――

【黒竜帝国】の兵士である以上、止めるべきだった。

 皆、血風かぜに飲まれ、消える。

 意志を持つ殺戮は、人の姿をしていた。


「ひっ!」


 後で思うに、助かったのは幸運ではなく、ハインツが有する、状況の空気を読む能力だ。

 培ったのは、盗賊として窮地を何度も脱した過去の経験と、現在において兵士として軍という組織の中で安全に過ごすための狡さだ。


 ――逃げなければ!


 ハインツは、相手が何者か知ろうと思わなかった。

 知れば、抵抗できなくなる。心が砕ける。

 理不尽に齎されるものが自分の運命なのだと、受け入れなければならなくなる。

 恐怖は鎖となり、頬を撫でる血の臭いが足枷となった。

 死の予告が耳元で囁かれ――


「!」


 ――る瞬間、ハインツは奮い立つ。

 そうさせたのは、女の絶叫だ。ハインツたちを率いていた上官、ガーネットのものだ。

 左腕にはめていた支給品の腕輪型アイテムストレージを作動。ウミガメの卵ほどの大きさの灰色と白の球体、煙幕玉と閃光玉を取り出し、手に握る。

 ピンを抜くと、表面に数字が表示される。

 七、六、五……

 二になったところで、ぶん投げた。


 轟音と閃光! そして、もうもうと上がる、鈍色の煙。

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