第12話 ――そして、血風《かぜ》が立つ!


 ……さて、どうするか。


 ガーネットは警告の言葉と共にレイピアを抜き、相手に切っ先を向けていた。

 敵か味方かどうかは、分からない。自分たちが追う亜人を、そうとは知らず助けてしまったという可能性がないわけではない。

 だが、話はそれ以前だ。

 正直言って、ガーネットは驚愕による震えで足が崩れそうになるのを隠すのに精一杯だった。相手の奇妙な出で立ちに、ではない。

 ガーネットは相手ではなく、胴に巻いた灰色の長布に挟むようにして帯びている得物を視ていた。


 武器属性:剣

 武器名称:刀


 発動させたスキル【鑑定眼】に、武器ステータスが表示される。

 ここまでなら、同じようなものを今まで何度も見ている。


 武器「固有」名称:村正むらまさ/仇喰 あだばみ偐魔がんま

 武器階位:【オリジナル】



 ……【「異なった」世界の技術で造られたものオリジナル】、だと?


 驚くのは、それだけじゃない。

 同じようなものを、過去に一度だけ二つ、見たことがあった。


 一つは、ガーネット及びこの場の全員が絶対の忠誠を誓う【黒竜帝国】、その頂点に座す御方にして全軍司令官がかつて師事した老剣士から譲り受けたという、奥州白河 おくしゅうしらかわ住兼常じゅうかねつね

 もう一つは、その片腕たる存在が振るう絶対無敗の人斬り刀、和泉守いずみのかみ兼定かねさだ


 かつて【転生者】がチートスキルで召喚し、魔王と魔王が率いる亜人と魔物の軍勢と戦うために使用した、【オリジナル】。

【転生者】の死後、残されたそれらは九割九分使い物にならなくなったというが――

 唇を噛みしめる。

 正直、レイピアを捨てて駆け寄りたかった。胸倉を掴んで、詰問したかった。実際、部下たちがいなければ、ガーネットはそうしていた。

【オリジナル】は、ガーネットにとって一端だ。父と叔父と兄の精神を崩壊させた、因縁に繋がるのだから。

 だから、ガーネットはすべてを捨てる覚悟で動くべきだったのだ。


「なにブルってんですか、大尉殿?」


 小馬鹿にするような――実際、馬鹿にしているのだろう、揶揄の声がぶつけられる。

 威圧を与えるよう鎧をガチャガチャ鳴らし、進み出る者がいた。

 見上げるような巨漢の兵士だ。名を、オルカという。


「優しく言って分からないなら、少し痛い目みせてやればいいでしょうが」


 そう言って、オルカは嗜虐の愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。同調するよう、手の得物がじゃりじゃり鳴った。

 意図に気付いた兵士たちが、その周囲から撤退を始める。

 太い鎖だ。その先端には球がある。ごつい棘でコーティングされた凶器、モーニングスターが。

 オルカはこの場の全員に見せつけるよう鎖を引っ張り、鉄球を側に寄せ、モーニングスターを振り回し始めた。

 初めはゆっくりと。徐々に徐々に、速く。

 オルカの頭上で、鉄球が唸りを上げる。

 相手は、動かなかった。視線を逸らすことなく、見ているだけ。


「おらぁ!」


 剛力を発揮するために隆起した筋肉に押されたのか、ぎしり、と鎧が軋みの音を上げる。

 そして、咆哮と同時に放たれた鉄球は真っ直ぐ――


 ――相手に向かって飛ぶことはなかった。

 鉄球はまったく見当違いの方向へ、勢いよく飛んでいく。そのまま、アシュロンの森に突っ込み、流れ弾ならぬ流れ鉄球となって木々を破砕した。

 しかし、オルカは最期までそれを知ることはなかった。


 轟音ッ!


 知る間もなく、吹っ飛んでいたからだ。


「……は!?」











【名無し】の剣士は、唸りを上げて回転する鉄球をただ見ていた。正直、この程度で身構えるまでもないからだ。

 咆哮が上がる。鉄球が、飛ぶ。

 そのどちらかが空気を震わせるよりも速く、【名無し】の剣士は疾走していた。

 その最中、抜刀。今まさに放たれようとしている的を、斬る。

 瞬間、ようやく追いついた咆哮が耳朶を叩いた。皮肉なことに、それは的が上げた断末魔を隠すことになる。

 だから、相手は抜刀の際の一閃で鉄球を繋ぐ鎖が切断されたことに気付かなかったに違いない。


『脳天、がら空きだぜ』


 実際、嗜虐の愉悦に歪んだ笑顔は、信じて疑っていなかった。

 殺すに叶う蹴りを喰らって吹っ飛ぶ最期の瞬間まで、自身の勝利が絶対であると。











 全員、ぎくしゃくとした動きで振り返る。驚愕の声と悲鳴を上げない者は、いない。

 オルカは、崩れ落ちていた。半ばで切断された鎖を手に、顔面を無残に陥没させて。

 まるで、巨大なハンマーでぶん殴り飛ばされたような惨状である。

 やってくれたのが、つい先ほどまでオルカが立っていた場所に悠然と立つ相手だと、一体誰が信じただろう。

 故に、彼らは逃げる最後のチャンスを逃すことになる。


「オ、オルカ⁉」

「コノヤロウ、やりやがったな!」


 怒声が迸った。全員、得物を抜き放つ。

 理由はどうあれ、仲間を殺られた兵士たちの怒りは凄まじかった。


「かかれ! 殺せ!」


 一身にぶつけられる凄絶な怒りに【名無し】の剣士は笑って答える。


『面白ぇ! かかってこいよ!』


 月の光を浴び、刃が青ざめた死のような冷たい輝きを帯びた。



 ――そして、血風かぜが立つ!

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