第11話 「【騎士】という強大な存在へと転生するのと引き換えに、その人間は己が身体の機能を一つ、供犠とするのだ」


 敵を察知したスズメバチみたく、危険であることを仲間たちに伝えていく兵士を、【名無し】の剣士は黙って見ていた。

 弁明させてもらえば、黙っていたかったわけではない。


「ふむ、声を失ったか」

『ディスコルディア……てめぇ、謀ったな!』


【名無し】の剣士は、激昂した。

 だが、吐き出された悪態は形を成さなかった。

 喉が、震えない。唇が、開かない。舌が痺れて動かない。

 声を発するための器官、その全てが機能を失っている。


「フーフフフ♪ 分らんのかなぁ? 大いなる力を得るためには、それなりの代償が必要なのだよ」


 正直、細工が施された天秤に心臓を乗せたようなものだ。おかげで、不利を一方的に被る羽目になった。

 とはいえ、甘言と疑わず信用しきった【名無し】の剣士にも問題がある。

 ――されど、時既に遅し。


「我々【魔神】との契約には、代償が伴う。【騎士ドラウグル】という強大な存在へと転生するのと引き換えに、その人間は己が身体の機能を一つ、供犠くぎとするのだ」

『…………』

「解せぬ、という顔だな。それは、供犠くぎが声であったことか? それとも、私と「こえ」で通じ合えていることか?」

『いや、お前……今、契約の代償で俺は声を失ったって』

「声ではない。こえだ。契約者たる【騎士ドラウグル】と我々【魔神】を繋ぐのは」

『…………』

「分からぬか? 人が人であるが故、決して理解などできぬ尊きものよ。だが、そうではありえぬ【騎士ドラウグル】であれば」

『……わけわからんことはさて置いてだ、ディスコルディア。これは、その代償とやらのオマケか?』


 問答の最中、気づけば囲まれていた。

 相手は複数。全員、武装している。

 詳しい知識はないが、理解はできる。おそらくこいつらは、兵隊だ。

 身体を覆う仰々しい鋼は、おそらく甲冑の類だろう。造りや形状は大きく違うが、手にするのは刀や槍の類である。

 敵からの注目を一身に浴び、しかし、返すことも振り払うこともできない。

【名無し】の剣士は嘆息した。

 言葉が理解できわかるのはいい。ただ、返せなければちゃん理解できわかっていることにはならないのだ。

 知己の仲ならなんとかなるだろう。だが、そうでなければ――


『つーか、どうすんだよ。相手ひととやりとりができねぇぞ。洒落になんねぇよ。やべーよ、マジでやべーよ』

「案ずるな。減らず口など、あって百害だ。声などなくとも、この私が楽しませてくれる。この、楽しい楽しい【異世界】を楽しく導いてやる。お前は私の契約者、【魔神】ディスコルディアに選ばれし【騎士ドラウグル】。余計な不自由だけはさせぬ」

『見えてねぇからって、好き放題やりたい放題言いたい放題しやがって!』


 浴びせられる悪態に、しかしディスコルディアは愉快そうに笑うだけ。

 実際、愉快でしかないのだろう。現在直面中の苦境は、【名無し】の剣士を含む【騎士ドラウグル】たち以外に存在を認識されないという【魔神】にしてみれば。


 ――と、その時。


「なにをしている!」


 兵隊の囲みを割って、一人の人物が進み出てくる。

 見た瞬間、【名無し】の剣士は目を大きく見開いた。


『女!?』

「ガーネット大尉、お待ちください!」


 ガーネットと呼ばれたその人物は、女だった。

 雪のように白い肌、赤みがかった黄金色の長い髪、赤い貴石を思わせる目。日ノ本の国の人間が持てぬ美しさを持つ、絶世の美女。

 正直、衝撃を受けた。女が、それも絶世の美女が甲冑を纏うなど。


「何者か知らないが」


 驚く【名無し】の剣士に対し、しゃらん! と、ガーネットは腰から得物を抜く。


「軍務執行妨害だ。同行を願おうか」


 その言葉で、悟る。おそらくこの女は、兵隊たちの大将だ。

 あと、これはどうあっても引くに引けない状況だ。思い切り睨まれ、挙句、刃の切っ先を向けられているとなると。


『さて、どうするか』

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