第10話 「……デッド・スワロゥ《死んだツバメ》?」
湖を割るよう水柱を上げ、兵士たちの前に降り立ったのは、奇妙な男だった。
歳は、二十歳そこそこだろう。まだ、大人として年若い頃である。
肌は少し浅黒く、背はしゅっと高い。顔立ちと視線は、まるで割れた御影石のように鋭利。
目を中心に顔の左半分をえぐるように走るのは、ばかでかい十字型の傷。
鋼のようにしなやかな筋肉に覆われた肉体を包むのは、胴に灰色の太い長布をぎゅっと巻いた黒い衣。
はっきり言って、奇妙なデザインである。
まず、ボタンやベルトがない。鎖が露出していないから、懐中時計を入れるためのポケットもないに違いなかった。
袖の形が似ているため、修道士や魔術師が着るローブに見えなくもない。だが、その胸元は大きくはだけ、デザインとしてはいっそ冒涜的ですらあった。
裾もおかしい。足元まで隠すのが当たり前であるはずなのに、すねが露出する中途半端な長さに仕上がっているのだから。
おまけに、穿くのは靴ではない。足首から指先までぴったりと覆う固そうな布、それを更に荒縄を複雑な形に編んだもので戒める、まるで拘束具のようなサンダル。
着流しも帯も、足袋も
しかし、それら以上に目を引くのは――その容姿を彩るものたち。
はだけて露わになったその胸元から覗くのは、虎の全身に走るしまを思わせる、攻撃的な意匠の黒いイレズミ。
胴に巻いた灰色の長布に挟むのは、一振りの日本刀。
なにより、処刑人が振るう処刑剣から滴り落ちる血を思わせる、不吉なまでに赤い髪。
兵士たちの間を、緊張が走り抜ける。なにより、探していた存在を手に堂々と立つ豪胆さが、相手が一体何を考えるか分からなくさせていたからだ。
第一、こいつは誰何の声に対して、答えようという意志を見せなかった。
されど、腕に抱えているものを見れば、敵であることは火を見るより明らかである。
キリは、薄く目を開く。
息ができない水の中、苦しさが限度を超え、意識はぐちゃぐちゃになっていた。
でも、ちゃんと覚えている。
誰かが、自分を助けてくれた。ということは、助かったのだろう。
背中と膝の裏に、なにか固いものが当てられていた。抱き上げられているのだ。
誰に? 決まっている、助けてくれた人だ。
目を開いているはずなのに、視界は真っ暗だった。きっと、頭と胸ががんがん痛くて、息がうまくできないせいで、目がおかしくなっているのに違いない。
それでも、キリは見ようとした。誰であっても、自分を助けてくれた人だからだ。
その人は、本当に、人――だったのだろうか?
「……
見えてしまったものを無意識のうちに呟いて、キリは意識を手放した。
その無法者は、アシュロンの森を見下ろせる小高い丘の上に身を潜めていた。
BAIGISH(※)の双眼鏡を通して見るのは、今にもおっ始まりそうな現場だ。
最初は、南の方で色々とやらかしまくったことへの報復で、貴族連中が放った追っ手かと思っていた。
だが、予想は大いに反することになる。あの真紅に【
それと相対するのは――
「なんか面倒くせぇことになってきた」
その言葉に、傍らに控える【魔神】は頷いて同意した。
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BAIGISH
ロシア軍用双眼鏡の老舗メーカー。
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