秒記
暁太郎
第1話
幼馴染の修斗が病気で1ヶ月学校を休み、心配になって家にまで会いに行くと、彼の右脇腹近くの背中から腕がもう1本、生えていた。
混乱をして立ち尽くす僕に、修斗の母親が説明してくれた。
ちょうど1ヶ月前、修斗は突然の重い腰痛に苦しみ、歩くこともままならなかった。痛む部分を見てみると、大きなコブのような腫れがあり、修斗の父はすぐさま病院に連れて行った。
痛み止めの注射をされて何とか落ち着いたらしいが、コブは日を追うごとに伸びていき、中に骨が生まれ、やがて先端が手の形になっていった。医者によると、1億人に1人いるかいないかという奇病だと言う。
僕は、幼馴染の背中から垂れ下がる腕を見て、「切除とかできないのかな」と訪ねた。すると修斗は、
「神経系の問題で、この腕が無くなったら他の腕も動かなくなるんだってよ」
と面倒くさそうに答えた。
それから修斗は口を開いて言葉を続けようとしたが、何かに思いとどまったのか、口を閉じて喋らなかった。
翌日、修斗は学校に登校した。彼の様子を見たクラスメイトは各々色めき立ち、好奇の目や質問を投げかけていた。
修斗の3本目の腕は、制服のシャツからはみ出るようにして垂れ下がっている。腕を折りたためば、服の中に収納できる形になるが、長時間その状態だと腕を痛めるため、自然な状態にしているとのことだった。
クラスメイトの、教室のムードメーカー的な男子が、修斗の腕を見て、
「勉強しながらアソコイジれるやん!」
と、下ネタを言った。
男子達は大笑いし、女子達は怪訝な顔をしていた。修斗も軽く笑っていたが、3本目の腕はすぐ手を伸ばし、そのムードメーカーの子の首を強く締めていた。
絞り出すような声がその子の喉から出ているのを聞いて、周りは、当事者である修斗ですら驚きながら、残る2本の手でその腕を抑えつけようとした。
先生が教室に入ってきて、何とかその場を収めた。
少し教室が落ち着いた後、先生は事情を説明した。
修斗の3本目の腕は、普段は腕の1つとして問題なく使えるが、ふとした切っ掛け。例えば、本人のちょっとした、通常ならば表に出す程度ではない衝動を反映してしまうらしい。
つまり、少しイラついただけでも「腕」は制御不能になる場合がある、という話だった。
クラスメイトはその話を聞いて、静まり返り、やがて教室に恐れと嫌悪の色が混ざっていったのを僕は感じた。
その後も、修斗の「腕」が他愛のない会話をしていた友人の頭を殴ったり、女子の腕を掴んで離さないという騒動を繰り返して、目に見えて、修斗は教室から孤立していった。
「腕」の衝動は日を追うごとに苛烈になっていき、幼馴染である僕もその被害を受ける事は少なくなかったが、それでも、僕は修斗に寄り添い続けていた。
ある日、修斗が登校すると、3本目の腕にスマホが握られていた。いつも使っているものではなく、見るからに安価のものだった。
「腕」はひっきりなしに手中のスマホをいじっていた。
「それ、どうしたの」と僕が恐る恐る聞くと、修斗は「日記書いてる」と素っ気なく答えた。
僕が首を傾げていると、修斗はさらに続けた。
「自分が見た光景とか、感情とかそのままずっと書いてる」
「……どうして?」
「腕が、言うこと聞いてるか常に確かめたいのと、あと、考えを書いてれば、まだ自分の頭は大丈夫だって思えるから」
日記ならぬ秒記だよ。そう言って自嘲気味に笑う修斗の「腕」は、その間もずっとスマホを触っていた。
それから2ヶ月ほど経った、連休明けだった。
修斗が学校に来ていないのを少し不安に思っていると、先生が沈痛な面持ちで教室に入ってきて、教壇に立ち、周りが静かになった事を確認すると、修斗が死んだことをゆっくりと告げた。
自殺だった。
自分の喉をナイフで刺していた。3本の手が包丁を握っていた。
「腕」が衝動で自分を突き刺そうとしたのを止めようとしていたのか。
それとも、死のうとしたのを「腕」が止めたのか。
あるいは3本の腕が修斗を死に導いたのか。
それはわからなかった。
その日は、授業は無しになり、生徒は家に帰る事になった。
僕は呆然とした状態で家に帰り、ふとスマホからメールを見ると、大量の未読があったのを確認した。
全て、修斗からの送信だった。
メールの内容は、全て修斗の「秒記」だった。ろくに変換されてないひらがなだらけの文章が、中に書かれていた。
秒記には、修斗自身の行動が事細かに書かれており、時折、考えや不安が溢れるようにして挟まれていた。
自分の腕の事。将来の事。普通からどんどん離れていくような焦燥感。
父親が密かに浮気している事。母親が成績が落ちている自分に落胆している事。
自分が自分でなくなっていくような感覚。
そして、そんな自分をそれでも接してくれる僕のこと。
僕はそれを読んで、自分の手をじっと見た。
僕の意思通りに指が動き、拳を作ったりできる。
でも、腕の動かし方ってどうすればいい?
たぶん一生答える事はできない。
秒記 暁太郎 @gyotaro
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