第28話 明日への希望を
結局、小平の提案は容れられ、試合は近山高校のコールドゲームに終わった。大勝利に笑いの止まらない桜岡と、大敗したものの大して気にしていない粘喝の監督の号令で、両チームの選手たちは礼をした。
戦いといえるかどうか少し怪しい戦いは終わった。グラウンドを整備して片付ける作業が終われば、両チームとも解散となる。
そんな中、片付けに加わらず、こっそりとグラウンドの隅に立っている二人がいた。小平と烏野である。
「小平さん」
烏野と小平は小学校以来の関係である。小学校では混合の少年野球で、中学校では女子のみのソフトボールで、長年チームを組んできた。高校に入ると少し疎遠になってしまっていたが、今日久しぶりに再会したわけである。
「ひとつ聞きたいことがあるのですが……」
しかし、烏野は思い出話をすることもなく、険しい表情で小平に問いかけた。
「今日の小平さんの出場の仕方に、私は疑問があるんです。小平さんは粘喝高校の中ではレギュラーに入っていて当然です。それなのに、小平さんはベンチスタートで、さらにはあんな大がかりなことをして平澤さんをマウンドから引きずりおろした……」
烏野には、この質問は出過ぎているということがわかっていた。それでも、聞かずにはいられなかった。もし烏野の疑念が真実なら、彼女は小平のために動く覚悟があった。
「だいたいは、蘭ちゃんの想像している通りよ」
小平は全く顔を曇らせるような様子を見せなかった。それは彼女の性質だった。絶対に弱みを見せないその強打者の外野手は、それで烏野たちからは『鉄人』とあだ名をつけられていたのだった。しかし、烏野は小平の顔に、やや張りがないように感じていた。
「私は平澤をはじめ、粘喝のチームメイトからはあまりいい扱いを受けていないのよ。今年、編入という形で野球部に入ったのだけど、今までは普段も、新人だからとかよくわからない理由でまともに練習させてもらってない。一年に混じって球拾いをしているだけなのよね。まあ、暇を見つけて素振りくらいはしてるけど……」
「やっぱりそうだったんですか……」
烏野は表情を作るのがうまい方ではない。あからさまに肩を落とした。
「監督もそうね。ほとんど私をいないもののように扱っている。他の女子選手も同じーーまるで人権がないのよね」
「そんな……」
しかし、烏野には考えがあった。
「それなら、ぜひうちの高校に来ませんか? 小平さんはその様子では、粘喝にいても大成できませんよ。自分で言っちゃあなんですが、近山は都楽高校と互角に戦えるほどの実力です。小平さんが加われば、全国大会も夢じゃありませんよ」
だが、小平は「それも最後の手段としてはあるかもね」と、ごく自然な調子で返しただけだった。
「私は今のところその気はないかな。このチームに入ったのも運命ってもんだしーーできるなら完全に改革してやりたい、とか思ってるのよ」
烏野は小平を昔の姿とーーその智謀で幾多の困難を次々と乗り越えていった中学時代と重ね合わせた。一見そんなことは荒唐無稽に聞こえるけど、この人ならもしかしたらそれができるかもしれなかった。
「わかりました。とにかく、頑張ってください。困ったらいつでも言ってくださいね」
「もちろんよ」
その日の二人の会話はそこまでだった。
青球〜美少女エースと車椅子マネージャー〜 六野みさお @rikunomisao
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