3話 ちょっと、どいて

「あー。自分が信じられないよ。女は苦手だ。触るのも嫌、見るのも嫌。出来るだけ視界から遠ざけたいし、そばにいても、物としてしか見えないはずなのに、あの女はなんだ」

 天十郎はよろよろと、しゃべりながら二階に上がって行った。


 あの女とは失礼な奴だな、しかし本当に女性が嫌いみたいだな。この間も来ていたから、まるで自分の家に入るみたいだ。

 僕は時計を見た。夜中の一時を過ぎている。



【天十郎は二階へ上がると蒲の寝ているベッドに潜り込んだ】


蒲は、当然というように

「うん?来たか?」

 掛け布団を持ち上げて招き入れた。天十郎は嬉しそうに、

「何もかも忘れられる」


 蒲の胸の中でまるくうずくまって、落ちついたようだ。蒲に幼子のように全身を任せ、胸に顔を押し付けて、ウトウトとまどろみ始めた頃に

「ちょっと、どいて」夏梅が入って来た。蒲が当然のように

「今、何時だよ」

「二時半」夏梅が答える。


「終わったの?」

「おおよそ、二校までした」

「それで、提出?」

「うん、少し寝る」

 夏梅は、もぞもぞと潜り込むと蒲以外の存在に気がつき、覗き込んだ。


「酒臭~。酔っぱらいだ。やっぱり来ていたの?」

 と、いうと蒲の背中を枕に寝始めた。天十郎もまた、夏梅の存在に気が付き、驚きと怒りで飛び起きようとするのを、蒲が身動きできないように強く抱きしめた。


「天十郎、お前は、なにも心配する事はない。大丈夫、とにかく明日の朝だ。今は寝る」

「だって」

 天十郎は子供みたいに甘えた声を出した。蒲は髪をなでながら

「俺が信用できないか?信用ができないなら今ここで出ていけ、信用しているなら、とにかく寝る」


 少しもがいていたが、そのまま蒲の腕の中で天十郎は眠りについた。



【朝の陽ざしがベッドに差し込んで来た】


 目覚めた天十郎が、自分が今、どういう状態なのか気がつき、大声を上げて夏梅を投げ飛ばした。

「おい!」

 

 僕は怒鳴ったが、すでに遅かった。夏梅は、ポーンとベッドから、ドアのところまで飛んで落ちた。

「いたーい」

 大きなドスンという音ともに、夏梅の声が家中に響いた。次にドスドスと音を立てながら、蒲が階下からやってきた。


 ドアノブに引っかかっている夏梅は、男物のトレーニングウエアのズボンとボタンダウンプルオーバーシャツを着ている。ブカブカで大きく開いた、襟元から胸がはみ出しそうに膨らんでいる。天十郎はその光景に思わず生唾を飲んだ。


 階下から上がって来た蒲が部屋のドアを思いっきりあけ、丁度、立ち上がろうとした夏梅のお尻をドアが突き飛ばした。夏梅は前のめりに倒れた。


「あーああ」

 僕は蒲を非難するように見た。ドアを開けた蒲が、掛け布団を顔まで引き上げて、ベッドの上で固まっている天十郎とベッドの下で、哀れもない恰好で転がっている夏梅に歓声を上げ、蒲が大笑いした。

「お前って本当に笑える」

 

「蒲」

 同時に夏梅と天十郎の二人が叫んだ。蒲は笑いをこらえながら、

「悪い…。写真でも撮るか?」


 この状況をとても楽しんでいる。蒲は泣き出しそうな天十郎の元に行くと優しく髪をなでた。

「驚かせてごめん」

 と抱きしめた。夏梅はぼさぼさ頭に、顎を擦りむいた顔で「痛い」といいながら、立ち上がる。


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