6話 足首の深い傷

「お前、湯船にはいる前に洗えよ」

 蒲はぐずぐずしている天十郎に蒲はお父さんのように叱った。

「俺は洗ってくれないの?」天十郎が甘え声を出した。

「あたしが洗おうか?」

 夏梅が天十郎をからかうように言うと、天十郎はそっぽを向いた。


「妊娠しちゃうかな?」夏梅が追い打ちをかけると

「しねえよ。女が入ると話が通じなくなる。これだから嫌だ」

 天十郎は吐き捨てるように言った。


「背中とかできないから、やってもらう」といいながら、夏梅は蒲に安心しきったように体を預けている。蒲は右足を洗い出した。



【一人で洗えるだろ】


 天十郎は夏梅を優しく扱っている蒲と夏梅の関係に、我慢ができないように腹を立てている。そんな天十郎に蒲が「おい、左足を洗えよ」と、天十郎にタオルを渡した。


 夏梅はにゅっと、左足を天十郎の目の前に差し出した。子供のようにふくよかで、白くギュッと引き締まったきれいな細い足首に深い傷跡がある。その傷跡を見つけた天十郎が

「お、怪我したのか?」

「うん、子供のころガラスに足を突っ込んで真っ白い骨が見えた~」

 屈託なく夏梅が笑う。


「何針縫ったの?」

「十二針」

「痛かった?」

「ううん、あまり血もでなかったよ」

「しっかし、どうやったらガラスに足を突っ込む。とんでもないお転婆だな」

「そうでもないよね、蒲」と言いながら夏梅は蒲の方をちらっとみた。蒲は黙ったまま、僕の方を見た。


 そんな僕たちの様子に全く気が付かない天十郎は

「なんで俺が…」といいながら、何かを探している。それに気が付いた蒲が天十郎に

「こいつは、石鹸やボディソープ、シャンプーリンスとか使わない。お前もシャワーだけでいいよ」

「なんで?汚いな」



【ふふっと夏梅が笑って天十郎に聞いた】


「なんで、石鹸、ボディソープ、シャンプーリンス使うの?」

「なんで?当たり前だろ?」

「なにが?」

「使うのが常識だ」

「どんな常識だよ。まさか、ただ根拠もなく洗脳されているわけ?」


 夏梅が笑った。笑いこけている夏梅は可愛い。思わず僕も笑顔がこぼれる。しかし、天十郎はそうは思わないみたいだ。

「汚れを取る為に決まっているだろ」とバカにしたように鼻で笑った。


「なんの汚れ」

「ほこりとか、汗とか、塗った化粧品とか落とすため」

「あれ?知っているのだ」

「なんだよ」

「埃とか汗はシャワーだけで十分落ちるよね。化粧品などの脂分を落とすためにボディソープや石鹸使うでしょ。からだに塗りたくっていなければそんなものは必要ないじゃない」


 蒲が笑いながら

「夏梅は何も塗ってないから、石鹸だって必要がない。それに天十郎、夏梅からどんな臭いがする?」

「えっ、垢だらけで汚いよ」

「いいから、臭いをかいでみろ」


 天十郎が身を乗り出して夏梅の耳元へ顔を近づけると

「おい、急にクラクラした。なんだ?」

「夏梅自身の体臭だ」

「取材の時やさっきのベッドの中で微かに感じた香りが、はっきりとわかる。オー!心臓が破裂するかと思った」

 天十郎はのけ反った。


「な?わかったか?」

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