ソファベッド

中島 世期

第1章 真間塁:僕の憂鬱

1話 ホテルから戻ると

「ただいま」

 ホテルから夏梅が帰ると蒲がいつもと違って、二階から玄関まで走り寄った。男の蒲が階段を降りて来る大きな音が、玄関ホールに響く。まるで、留守番していた大型犬が、ご主人様の帰りを待っていたかのような騒ぎ方だ。僕も明るい笑顔で、帰って来た夏梅にホッとした。僕は、最近の蒲の行動が怪しくて蒲につきっきりだ。


「どうだった?」

 蒲は待ちきれないように、息を弾ませた。

「うん、最初は私を見て女?だ!と驚いていたけど」

 夏梅は面倒臭そうによそを見た。

「それで、それで?」蒲は夏梅の傍を離れずに聞いた。


「うーんとXジェンダーの両性だな、現在三十%~五十%くらいかな?」

「へえ、そうか?」嬉しそうな蒲に、夏梅は冷たい視線を送った。

「蒲!なぜ自分の彼氏を試すの?」

「そんなことはしないよ」

「そうかな?なんか、あの人が可哀そう。待ってあげればいいのに」

 

 僕は、夏梅が洋服を脱いでいる周りをウロウロと、まとわりついている蒲を見て吹き出しそうになった。夏梅もまたそんな蒲を怪訝そうに見ている。


「ひょっとして心配なの?調べたかったの?」

「まあ、そうだとは思っていたけれど。人とかかわる事自体に苦痛が伴うみたいで、特に女性には痛い思いをしている」

「私の好きな感受性の強いタイプだね。彼さ、仕事は選んだ方がいいかもね」

「まあね、本人は俳優しかできないと、思い込んでいるみたいだから」


 夏梅は小首をかしげながら一人で納得するように

「ふーん。確かに精悍で、黙っていると迫力があるよ。悪役が出来るかも、蒲は自分が可愛い系の顔だから、あの手の顔が好きなの?」

「顔というより、真面目な奴が好きだ」

「なるほど、そうか…。わかるような気がする。ああ、それから、その蒲の真面目な奴は、十分くらい私の事を、抱きしめていたよ」


「ほお!で?」蒲が目をギラつかせた。

「おい、どういう状態だ」僕は声を荒げたが、夏梅は平然と

「また、いつものように走ってさ、取材する部屋のベッドに潜り込んで二人で隠れた」


「なぜに?二人で?」僕は聞き返した。

「部屋に入って鍵をかけたのに、なぜか、あいつ、ベッドの中に私を引きずりこむのだよ。それでシィって訳わかんない」

「触った?抱きしめた?さすが!夏梅だな」 

 

 蒲は夏梅の行動に疑問を持たずに、ただひたすら喜び、どんどんとテンションが高くなる。



【はあ?ねえ、蒲】


「こんなことして雄を揺さぶってさ、彼にストレートになって欲しいの?」

「いや、ストレートになって欲しくない。でも、もう少し頑張ってもらわないと」

「何言っているの?意味がわからないよ。とにかく、ホテルの部屋で二人だけでも、意図的に胸を触らなかったし、目がアウトじゃなくて、悲しそうだった」

「かなりしんどい経験をしているみたいだからな」

「だからさ。やりすぎだと思う」


 その夏梅の言葉に今までの蒲とまったく違い、突然にギロっと夏梅を見た。

「お前、最近、生意気な口を聞くようになったな」

 夏梅を脅すように、夏梅の顔に蒲が自分の顔を近づけた。


 本当に蒲は忌々しい奴だ。そんな蒲を完全に無視して、着替えながら夏梅は話を続ける。


「彼さ、すぐに正気に戻って、私と名刺交換をしたら、あらまあという感じで、おとなしく仕事は出来たから、問題はなかったよ」

 さっきの一瞬の悪魔のような形相から、子犬のような蒲に戻り、にこやかに

「良かった、さすが~夏梅ちゃん」と夏梅にじゃれつく。


「事故にならずに私としても良かったよ。いいバイトになった。報告終わり!これから、原稿を仕上げるから邪魔しないで」

「ああ、しないよ。きっと今日は、天十郎が泣きついて家に来るからオレは忙しい」

「家に来るの?」

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