三畑明香里の日記『はずれの席』

 昨日から新しい小学校へ着任した。田舎の古い小学校だ。

 そこまで子供の数も多くないことから、前の小学校よりは余裕を持って、生徒たちとやっていけそうである。

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 今の小学校に来てから、数ヶ月が経った。

 子供たちも素直で、可愛らしく、問題児もいない。

 周囲の環境も素晴らしく、同僚の先生方なども優しく温かい職場だ。

 しかし、一つだけ気になることがある。それはクラスで小さないじめのようなものが起きているかもしれないということだ。

 子供たちは私と接している時は勿論、それぞれが仲良しだ。喧嘩をしているところも、悪口を言われた等の話も聞かない。

 だけど、何故か、教室の窓側の一番端で一番後ろに座るゆうた君にだけは誰も話しかけないのだ。

 昼休みも誰も誘わず、ゆうた君は一人で窓の外を見ているだけである。

 試しに、私が話かけても、ゆうた君は何も答えようとしない。

 一体どうしたのだろうか。

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 クラスの誰とも仲の良いあけみちゃんに訊いてみた。

 ゆうた君は誰と仲がいいの?とか、どうして、誰も一緒に遊んであげないの?とか、些細な質問をいくつか訊ねてみると、帰ってきた答えは一つだけだった。

「はずれの席なんだもん」

 少しだけショックだった。誰にも明るいあけみちゃんに口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。

 〝はずれの席〟…よくある「〇〇菌」などのいじめの類なのだろうか。

 とにかく、私が担任を持つクラスでいじめがあったのは、私の責任だ。どうにかして、全員が出来るだけ仲良く一年を過ごせるクラスにしなきゃ。

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 今日、帰りの会で席替えをした。一見すると完全にランダムなのだが、少しだけ細工をして、一番最後にくじを引いたゆうたくんが教室の真ん中の席になるようにした。

 そうすれば、ゆうたくんが周りの子と少しでも仲良くなれるのではないかと考えたのだ。

 それ以外のくじは完全にランダムだったのが、元々ゆうたくんが座っていた席にはあけみちゃんが座ることになった。

 帰りの会の後、あけみちゃんが私に泣きついてきた。

「お願い先生、席を変えて!」

 泣いているあけみちゃんなど、見たことがなかった。変えてあげたい気持ちはあるが、誰に訊いても「あの席は嫌だ」と断れてしまった。

 仕方なく、あけみちゃんには 「くじだから、少しの間は我慢してね」と我慢してもらうことにした。

 あけみちゃんは最後まで納得しようとしなかったが、下校のチャイムが鳴り、悲しそうに帰っていった。

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 席替えから数週間が経ち、変化があった。

 あんなに暗かったゆうたくんが見間違えるほどに明るくなり、友達も増え、毎日誰かと遊んでいる。

 反対に、あの端の席になったあけみちゃんはふさぎ込むようになった。表情は暗く、いつも窓の外を見ているばかりで、外にも遊びにいかなくなった。

 そして、これまであけみちゃんと仲良しだったみんなも、何故かあけみちゃんと遊ばなくなり、あけみちゃんは一人でいるようになった。

 私が話しかけてもあけみちゃんは何も喋らない。私は嫌われてしまったのだろうか。私のせいであけみちゃんはいじめられているのだろうか。

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 ついに一人では解決できなくなったと思い、校長先生に相談した。

 校長先生は私が「いじめが起きているのかもしれません」と言うと、すぐに話を聞いてくれた。

 事の経緯を話すと、校長先生は「それはどの席だね」と言った。

 二人で教室に行き、例の一番の端の席を指差すと校長先生は何かに納得したようだった。

三畑みはた先生、あの席はなんだよ。気にせずに、今まで通りにやるといい。気になるのなら、定期的に席替えを行えばいい」

 衝撃だった。校長先生までもが「はずれの席」と言うなんて、幻滅してしまいそうだった。

 思わず、声を震わせながら「はずれの席ってどういうことなんですか」と訊いた。

「例年、そうなんだよ。あそこに座る子は誰も相手にしなくなるんだ。色々な先生が子供たちに訊いて回っても返ってくるのは「はずれの席だから」という言葉だけなんだ」

 校長先生はそう言うと、「また、なにかあったら相談にきなさい」と一言残してその場を去った。

 私は教室の入り口から、を見た。誰もいない暗い教室。はずれの席には何もいなかった。

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