恐怖日記

奏羽

プロローグ 恐怖日記

 俺は「ホラー」が好きだ。いや、正確には好き〝だった〟というべきだろうか。


 というのも、いつからか恐怖心というものを感じなくなってきた。これは大袈裟に言ってるわけでも、スカして言ってるわけでもない。


 段々と慣れてくるんだ。


 「あぁ、このパターンね」とか「背後に幽霊がいるんでしょ」とか、冷めきった目線で見ちまう。


 そうなってくるとホラー映画や小説は飽きてくる。先の展開が読めたら、怖さは激減だ。


 そうなるとやっぱり、体験談が一番だ。実際に経験して、思ったこと感じたこと、それがありのまま恐怖に繋がるのだからな。


 しかし、これもそのうち飽きてくる。なんというか、結局体験談も、人に話そうとするうちに脚色されていくんだ。


 最初は「通気口の奥から誰かに見られている気がした」という体験談も、人に話していくうちに余計な演出や設定がつけられていき、最後には「通気口の奥からこちらを覗いている2m超えの男と目があった」になってることもある。


 じゃあ、最後には自分で体験するしかないと廃墟や心霊スポットに出向く。


 これなら何が起きても、何を見ても、その全てが生々しい恐怖体験になるのだから、これが一番怖いはずだ。


 ところが、不幸にも俺には霊感が全くないらしい。複数人で行っても、一人で行っても、俺にとってはただの寂れた暗い場所でしかなかった。


 一緒に行った奴が「アレ見た」「コレ聞いた」なんて、世界の終わりのような顔して言ったりしてくるが、俺にはなーんにも見も聞けもしなかった。


 だから「ホラー」なんて飽きた。面白くも何ともない。


 そう思い始めてたある日、知り合いの本屋に声をかけられた。


「お客さん、面白いもの手に入れたよ」


 話を聞いてみると、どうやら曰く付きの物らしい。


「それで?どういう物なんだ?」

「それが、人の日記を読める日記帳なんだ」

「はっ、なんだその悪趣味な日記帳は…そんなもんあるわけないだろ」

「それがね、コイツを見てくれよ」


 本屋が古そうなゴツい日記帳を取り出して、ページを捲る。日記帳には何も書かれておらず、少し黄ばんだ紙だけで最初から最後まで続いている。


「おいおい、汚ねえな。それに白紙じゃねえか。馬鹿にするのも大概にしろよ」

「よーく見ときな、お客さん」


 本屋が無造作に開いたページは相変わらずの白紙だった。


 …はずだった。何も書かれていない紙に、突如として文字が浮かび上がってくる。


 綺麗な字だ。丁寧に、日付から曜日、天気まで、色々な情報が書かれていた。


「こ、こいつは…!?」

「驚くはまだ早いぜ」


 本屋がまた無造作にページを開く。今度は男らしい雑な文字が浮かび上がってくる。


「すげぇ…すげえじゃねえか、この日記帳!」


 ページを開けば開くほど、それぞれ違った特徴や雰囲気を持った日記が現れてくる。


「でもなんで、俺にこの日記帳を?」


 本屋に人の日記を見るのが好きだなんて言ったことはない。


 この日記帳がいくら人の日記が読めようとも、別に欲しいとは思わない。


「それが、ここに出てくる日記の内容には共通点があるんだ」

「共通点だって?勿体ぶらずに教えてくれ」

「この日記帳に現れる日記は、それを書いた奴の恐怖体験をした日の日記なんだ」

「…!」


 本屋が開いたページを見る。子供が書いたのか、誤字があって、少し読みづらい日記だ。


「…コイツはおもしれぇ、旦那いくらで売ってくれるんだ?」

「お客さん、やっぱりアンタが買うと思ったよ」


 本屋はニヤリと笑うとそれなりの額を提示してきた。しかし、まぁ安いもんだ。


 コイツがあれば本当の恐怖を読むことが出来る。


 だって、日記なんて人に読ませるもんじゃないだろ?

 

 だから、嘘偽りのない本当のだ。

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