2 サイレンーさよなら、

 かなしげなひぐらしの声が雑木林に響く。記憶の中で、奴は一人で鳴いていた。斜陽がはこぶ風は、昼のそれと違って涼しかった。


 帰りは静かだった。本当につらくて、畑に全部投げ出してしまいたかったが。物を大切にという監督の言葉が染みついていたのか、バットを引きずることさえなかった。

 閑散とした帰路でしかし、心は穏やかでなかった。


 もう、あつくはない。少し大きくなった体はただ、畳の上につぶれたチョコレートクッキーの空き箱のように、大切な中身を失っていた。

 蜩の声が聴こえる。夏の終わりがどうしてこうも寂しいのか、私にはわかりたくなかった。

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春半ばにて朱夏を想う @3ma

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