とらわれ日記

常盤木雀

記録

○三日目。

 この書を開いた人へ。最初のページだが、三日目で正しいことを明記しておく。


 私がここに囚われてから、今日で三日目になる。(窓がないため、提供される食事のタイミングからそう判断している。)

 部屋には魔法炎が灯され、視界は確保されている。壁沿いにベッドがひとつ。向かい側は格子になっており、その先は薄暗くて見えにくい。食事はこの格子から差し込まれる。小さな机。一面の本棚。これが私の今いる部屋である。


 本棚の本は、背表紙に番号が振ってあるものと無地のものがある。無地の本は、開いても白紙であった。番号が振られている方は、どうやら日記ーー過去にこの場所に囚われた人間が記したものらしい。

 机の上にはインク壺とペンがある。ペンは磨り減りが見える割には、癖が少ないように思う。持ち主が一定でなかった、つまり長い間同じ人間がこのペンを使っているわけではないようだった。過去の人々はここで日記を書いて心を落ち着かせようとしていたのだろう。

 本は、一が最も古く、数字が大きくなるほど現在に近い。記述は長い場合は一度に数ページもあり、人により二行程度のこともあるが、内容は概ね変わらない。冒頭では冷静に状況の整理をしているが、次第に夢見がちになり、最後には自己を制御できなくなってしまう。もしもあなたが私の次に囚われた人間だとしたら、最後までは読まないことをお勧めする。


 過去の人間によると、机の引き出しは地図になっており、『もう一人の人間』が地図内に足を踏み入れると所在地が光で表されるそうだ。マップと呼ばれている。確かに地図のような絵が描いてあるが、この三日間光ったことはない。


 私は、自分のために記録をつけようと思う。何かするべきことがあった方が、平静を保ちやすいはずだ。

 いずれ救出されたら、私は彼と共にこの場所を破壊するつもりだ。首謀者も許さない。だが、幾分かの可能性として、私も過去の人々の一人に連なる場合もあるだろう。その際に次の人間が事態を把握しやすいよう、情報をまとめておこうと思う。

 続きは明日。




○四日目。

 アミドがマップに表示された! 森の入り口だろうか。小さな点が僅かに動いているのが分かる。ただの小さな光、それがアミドの位置を示している保証などないのに、期待してしまう。過去の人々がこれを支えとしてしまった気持ちが理解できた。


 マップばかり見るのは精神衛生上良くない。昨日記した通り、過去の記録の重要部分をまとめることとする。


 基本的なこと。

 我々は突然襲われる。汚染動物のこともあれば、化け物のこともある。凶暴さをもって、或いは天災を引き起こして、我々を窮地に陥れ、二人の人間を連れ去る。二人を連れ去ると襲撃は止む。

 連れ去られる人間は、ある程度知識階級にある者である。王子王女や賢者、貴族、上級役人など。

 二人のうち一方は、鳥形の汚染動物に抱えられ空を飛び、もう一方が囚われる場所とそこまでの道のりを示される。その後は元の場所に投げ捨てられる。

 囚われた方は、窓のないこの部屋で目覚める。逃げ出すのは困難。食事と筆記具と寝具が提供される。マップでもう一方がここへ向かってくるのを見ることができる。


 推測されること。

 連れ去られる二人は、強い信頼関係にある。恋人、師弟など。一方に一方を救出させたいようだ。

 囚われた方は、救出に希望を抱いた果てに絶望に至る。過剰な期待をしないこと、自らを信じて過ごすことが重要か。

 餓死の危険は排除しても良さそうだ。


 謎。

 首謀者及びその協力者の姿を、囚われの中で見ることはない。食事が用意される理由も方法も不明。


 マップについて。

 救出側の位置が光で表示される。いくつかの場合に模様が浮かび上がり、触れると様子が映し出される。交戦、死亡、マップ外に移動などがその対象。汚染魔力で実現されていると考えられる。


 情報の信用度について。

 筆跡の異なる複数の書から、共通する記述が見られる。我々当事者からは分からない点については、離れた場所や時間を見ることができる能力を持った人間の記載による。


 必要な情報はまとめられたと思う。本日はここまで。




○五日目。

 先ほど初めてマップに交戦を示す模様が浮き上がった。ああ、アミド。彼は汚染動物と戦っていた。強い個体はいないようだが、数が多い。大炎で全て焼き払ってしまえばと思うが、この考えをアミドに知られたら叱られるだろう。

 いつまでもマップと戦闘を眺めないよう、私自身について記録する。


 私は、少し魔力が強いだけの普通の人間だ。王家の血が流れているが、継承権は放棄している。これまでは書に囲まれて仕事をしていた。

 私と共に選ばれてしまったのは、護衛のアミドである。護衛であり、腹心の友でもある。彼は強く、親切で優しく真面目だ。決して全て燃やして手間を省く、といった乱暴な解決はしないだろう。

 私の能力は、おいしい茶を出すことである。今までに飲んだ人々全員からおいしいとの評価を得ている。もちろん、茶葉とポットの扱いに長けているという話ではない。魔法の話である。私は有り余る魔力を使って、おいしい茶をいくらでも出せるのである。ーー何の役にも立たない。


 今回の襲撃後、目覚めた後は簡単には逃げ出せないことを確認した。すぐに誰かが助けに来るだろうから、おとなしくしていようと決めた。窓もなく、格子も外れそうにないため、できることもなかった。

 初めの三日間は、書を読み漁った。情報は大事だ。過去の人々の記録により、私は状況を理解し、またマップを発見できた。三日目から、手が空いたためにこの記述を始めた。


 現状書くべきは以上だろうか。




○六日目。

 アミドは少し進んでは戦闘を繰り返している。弱い汚染動物ではあるが、どこからあの大群が現れているのだろう。巣があるのか。やはり焼き払うべきでは。


 書くべきを書ききってしまったため、暇である。マップを見るくらいしかすることがない。誰か書類仕事を転送してくれないだろうか。今までの記録では、外からここに干渉できた人間はいないようだが。

 案外、私を救うべく働くアミドより、国から出ているかもしれない軍より、仕事が進まないことに苛立った同僚たちの方が先に私に接触できるのではないだろうか。




○七日目。

 大変暇である。待っているのも飽きてきた。有意義な何かをしたい。

 解放されたら、私はこれらの書全てを研究所へ持ち込もうと考えている。従って、過去の人々のように昔の思い出を綴れば、それは研究員たちに公開されることになる。迂闊に書けない。


 マップによると、アミドはぐるぐると動いてあまりこちらに近付いていない。迷うような森なのか、戦闘で方向が分かりにくいのか。

 見ていると落ち着かない気分になるが、見る以外にすることがない。




○八日目。

 暇である。暇である。暇である。


 昨日から、私の能力を何か有効利用できないか検討している。

 可能性。水浴びできるか。ーーできなかった。おいしい茶は熱いのだ、火傷してしまう。冷ませばと考えたが、容器はティーカップかスープ皿程度。到底水浴びにはならない。

 可能性。洗濯できるか。ーーできた! 食事のスープ皿を茶で洗い、そこに茶を溜めた。皿の上に布を乗せ、茶を注ぎ続け、ティーカップの底で押して洗った。代わりに布は茶に染まった。

 可能性。茶を武器として使用できるか。ーー制御を試みる。理屈としては、熱湯をかけると同じため、人間や弱い動物相手であれば有効なはずだ。逃げる時間くらいは稼げる。しかし、ただ熱湯をかけるだけでは、強い何かには激高させるにとどまり、窮地に立たされかねない。今も、もし格子越しにただ茶をかけたとしても、相手を火傷させるだけ。むしろ食事が届けられなくなったら困る。茶だけでは生きていけない。時間はたくさんあるのだから、色々試行してみよう。


 アミドは、相変わらず。




○九日目。

 発見。茶浸しの部屋が、寝ている間に清掃されていた。確かに今までも排泄のあれこれも処理されていた。清潔を保てるのは嬉しいが、それなら衣服の交換と水浴び用の瓶もお願いしたい。

 冷めたおいしい茶というものを出せれば、水浴びできるだろうか。

 今日も、白紙の書を並べては、そこへ攻撃を意図した茶の放出を訓練している。片付けされるのであれば遠慮は要らない。

 思えば、自分の能力と向き合うのは初めてである。茶を出すだけと思い、人を労う時においしい茶を振る舞うくらいにしか役に立たないと決めつけていた。可能性を考えて練るのは楽しい。




○十日目。

 ついに成功した!

 茶の放出を、径を可能な限り細く、圧を高くしたところ、格子の一部が切断された! 水が岩を穿つこともあるのだからと考えたが、本当に可能だとは!

 切断部分は格子の端の方で、目立たない。今日はとりあえず寝て、明日から活動するつもりだ。


 格子を切断すれば、部屋から出られる。待つことにはもう飽きた。

 ああ、アミドはまだ森の入り口で彷徨っているようだ。私が迎えに行ってやることになるかもしれない。


 私の茶に、このような使い方があるとは知らなかった。楽しい。まだまだ試して成功を実感したいが、明日に備えて早く寝よう。


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