人を×したと書かれた日記を拾いました。

凪野海里

人を×したと書かれた日記を拾いました。

 習字教室からの帰り道、家の前で怪しいノートを拾った。

 そのノートは何の変哲もない、普通のノートだった。ポケットに入るほどの小さなサイズで、ページを開くと薄い色合いで罫線が引いてあるタイプ。いわゆる、大学ノートのようなもの。

 なんとなく気になって、パラパラとページをめくっていくとちょうど真ん中のページにおかしな言葉が書かれていた。


4月1日(金)

 人を殺した


 どこかで見覚えのあるくらい綺麗な字だったが、それまで真っ白だったはずのノートに突然そんな文字がでてきたから、思わず一度ノートを閉じた。もとあった場所に戻しておこうと思ったが、家の前にこんなノートが置かれていては不気味すぎる。かといって、捨てたりしたら呪われるような気がする。

 さんざん迷って、もう一度ノートを開いた。今年の4月1日はたしかに金曜日だということを思い出す。けれど、今日はまだ3月30日で、水曜日だ。まだあと2日もある。


4月1日(金)

 人を殺した


 次のページを開くと、2日の土曜日だった。


4月2日(土)

 とりあえず、四肢を切断。ちょっと迷って、頭と胴体を分けた


 次のページを開く。


4月3日(日)

 どこに埋めようかと昨日から悩んでいた。学校の裏山まではちょっと遠い。自転車でこれらを運ぶのは難しい。春休みで良かった。あと、4日は猶予がある


 たしかに春休みは7日までだったはずだ。


4月4日(月)

 両親が仕事に出かけたから、さっそく埋めに行った。場所は不知火団地。あそこなら人がいないから


 思わず顔をあげて、真後ろを振り返った。

 不知火団地は家の前の道路を真っ直ぐ行って、右手に折れたすぐ先にある。今この場所からでも、その団地の外観がよく見える。薄汚れた灰色の壁と、経年劣化による黒いシミがその壁の表面にくっきりと浮き出ていてかなり不気味だ。おかげで、入居者は少なくほとんど空き部屋も多い。


4月5日(火)

 埋めたは良いものの、あそこは本当に人にバレないだろうか。ちょっと不安になる。たしか隣の家のコーギー。名前はゴンちゃん。不知火団地はあの子の散歩コースのはずだ。掘り起こされたりしないだろうか


 ゴンちゃん――。その名前を食い入るように見つめた。ちょうどそのとき、犬の吠える声がすぐ間近で聞こえた。驚いて顔をあげると、隣の家の窓からコーギー犬が顔を覗かせている。

 名前はゴンちゃん。不知火団地が散歩コースになっているはずだ。部屋の窓から、たまにゴンちゃんとその飼い主の散歩の行き先を眺めることがある。


4月6日(水)

 悩んだ末に、ゴンちゃんも殺してしまった。吠え癖がひどいからバレやしないかひやひやしたけど、包丁で脇腹あたりを刺したらだんだんと動かなくなった。ごめんね、ゴンちゃん


 どこかで見覚えのあるくらい綺麗な字。その字の癖を見て、背筋が凍った。自分はこの字を知っている。毎日、嫌と言うくらいよく見ている。


4月7日(木)

 この日記をこれから、燃やそうと思う。証拠隠滅のためだ。明日からは学校。どうか誰も私の罪を知ることがありませんように

 もしも、知られた場合は


 その先は消しゴムで消してしまったのか、かすれて読めなくなっていた。

 もしも知られた場合は、何をするというのだろう。

 ページを次々とめくって、消された言葉の先がどこかに隠れていないか血眼になって探す。どうしてもこの先の言葉を自分は知らなければいけない気がした。本当なら不気味に感じた時点ですぐに捨てるべきだろう。けれどそうしてはいけなかった。


 この字は間違いなく、私の字だったからだ。


 けれど結局、ページの最後に行きついてもその先については結局わからずじまいだった。

 このノート、どうすれば良いのだろう。先の見えない未来に恐怖を覚えるかのように、途方に暮れてしまう。おそらくこのノートに書かれていることは私がこれから起こすであろう、未来について書かれているものだ。

 仮にこの先の未来でもし私が人を殺さなかったとしても、どこかで人が死んで、結果的に不知火団地に死体が、そしてゴンちゃんが死んだ状態で発見されれば、間違いなく私は疑われてしまうだろう。

 でも大丈夫、まだ未来の範疇だ。これから必ず起きるという保証はどこにもない。

 それでもいざというときの用心のためにと、私はそのポケットサイズの大学ノートを習字道具が入った鞄にねじ込むようにして入れるのだった。

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