息子の絵日記

葉月りり

第1話

 息子は小学一年生。初めての夏休みの宿題に真剣に取り組んでいます。

 国語ドリル、算数ドリル、絵日記、感想文、自由研究。定番です。


「自由研究って何?」


ですよね。私だっていまだにアレは何だったんだと思います。


「何か自分がすごくやりたいことをやればいいんじゃない? それで、何をやったか、やったらどうなったかを紙に書けばいいんじゃないかなあ」


 一年生にそう言ってわかるわけないです。世の中にはすごい子もいるけど、結局、なんか作るに収まるんですよね。


「何か作ったり、絵を描いたりでもいいんだよ」


「僕、ゼリーのカップでなんか作る」


 息子の部屋にはヨンキストフルーツゼリーの空容器がごまんとあります。カラフルな色が気に入って小さい頃から貯め続けたものです。

なかなか賢明な選択です。ナイス息子。


「感想文って本を読んだ感想を書くの? “100万回生きたねこ”でもいい?」


ちょっと難しそうだなあ。読んであげてもいいか。感想だけちょちょいと書かせれば。


「絵日記ってなに?」


「このノートに、下にその日にあったことを書いて、上にそれの絵を描くの。もうすぐおじいちゃん達と温泉に行くから、そのことでもかけばいいんじゃないかな」


「うん、わかった」


 息子の夏休みの宿題がスタートしました。


 ドリルは問題なく1日1ページやっているみたいです。工作はテレビで見た操り人形をゼリーカップを針と糸でつなげて作ってしまいました。グレープとメロンのゼリーカップを組み合わせて、手足が長くて頭の小さいなんとかゲリオン風の操り人形が出来ました。


 絵日記は温泉旅行から帰ってきた次の日から書き始めました。


7月31日 くもり

ぼくはおじいちゃんと おばあちゃんと ママと パパと ほてるにいきました。よるごはんは ばいきんぐでした。からあげを5こたべました。


茶色のクレヨンでぐるぐる塗った丸が5個描いてありました。


8月1日 はれ

みずうみにいしをなげました。なげたいしがうきました。


 全体が水色に塗られ、真ん中に灰色の丸が描いてありました。温泉でもなく湖で乗ったボートでもなく、君にはこれが旅行の思い出なんだね。


 旅行のことを書いてしまったら、もう書くことがないと息子が訴えます。よくあるパターンです。絵日記のために何かしらイベントをやらなくてはいけないでしょうか。


「特別なこと書かなくていいの。毎日、1回くらいはびっくりすることあるでしょ。ちょっとのびっくりでいいの。それをかけばいいのよ」



8月3日 あめ

きょうははパパがきゅうに といれからでてきました。びっくりしました。


まあ、しょうがない。最初はこんなものでしょ。


8月5日 はれ

きょうは あさごはんが ほっとけーきでした。おいしくてびっくりしました。


あら、感想が入りました。その調子。


8月8日 あめ

きょうはパパとゲームをしました。パパはよわくて すぐにやめてねてしまいました。びっくりしました。


なんと、びっくりシリーズになってしまいました。これは違う指導をすべきでしょうか。


8月10日 はれ

きょうはがっこうのぷーるに行きました。けんちゃんは ぷーるのながいほうをはしからはしまで およぎました。びっくりしました。


これでいいのかも知れません。プールで泳ぐ友達をのびのびと描いています。絵が具体的になってきました。


8月13日

きょうはパパも ママも すずしいといっていました。すずしいから こうえんであそびました。あせをかきました。びっくりしました。


 ブランコやスベリ台で遊ぶ友達をたくさん描いています。楽しさが伝わる絵です。


 これで絵日記は終わりです。なのに息子はもっと絵日記を書きたいと言います。もういいとは言えません。ページ数の少ないものを選んで新しい絵日記帳を買い与えました。

 息子はその後、絵日記を続けながらドリルも感想文も終わらせて、問題なく新学期を迎えました。私が子供の頃とは大違いで、もしかしたら息子は天才かも知れないと思いました。


 息子の小学校では夏休みの宿題に金銀銅の賞が与えられます。賞品があるわけではなく、全員悪くとも銅賞なのですが、なんと、息子の絵日記が金賞をもらいました。2冊提出したのが評価されたのでしょうか。息子はニコニコ笑って報告してくれました。確かに2冊の絵日記帳に金色の色紙が貼ってあります。そういえば、2冊目を見せてもらっていませんでした。


8月23日 あめ

きょうは かみなりがなりました。そらに ひかりのせんができて どーんとおとがしてびっくりしました。ママもびっくりしました。まるちゃんもびっくりしました。


究極のびっくりシリーズです。でも、この日は私もびっくりしたのを覚えています。空の様子を観察できているようです。


8月24日 くもり

きょうはかれーでした。いつもはひらひらした おにくなのに きょうはおおきい さいころのようなおにくでした。びっくりしました。


 あ、家庭の事情があばかれてる。でも、カレーがとても美味しそうに描かれています。塗りむらがカレールーのツヤに見えます。


8月25日 くもり

きょうは まるちゃんのしっぽに せんたくばさみをつけました。まるちゃんは くるくる回りました。めがまわるといけないので、とろうとしたらひっかかれました。びっくりしました。


 だんだん文章が複雑になってきました。絵も丁寧さに欠けるものの全体の形をよく掴んでいて、色も雰囲気を伝えるものを選べています。ほんの数日で随分と成長しました。やはり息子、天才かも知れません。しかし…


次のページをめくって私は固まりました。瞬きさえできないほどの衝撃でした。誰か、誰かこの固まった私を金槌で粉々に砕いてください。


8月26日 くもり

きょうはママとおふろにはいりました。はいるまえに はだかになりました。ママは、トイレにいくのをわすれたといって、はだかでトイレにいきました。ちょこちょこ はしっていきました。びっくりしました。


 息子よ、君は天才です。正確に捉えたフォルムは私そのものです。小走りを表現したのであろう欽ちゃん走りのポーズ、黒い逆三角形もディテールにこだわった結果でしょう。


 これは、怒ってはいけません。かと言って褒めるのもどうかと…頭を抱えてしまいます…これ、先生が見て評価したんですよね。どうしたらいいか…とりあえず、


「パパ、お願い、次のPTAはパパが行って」


おわり

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息子の絵日記 葉月りり @tennenkobo

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