5 行くぜ天橋立 神のお膝元へ


薄っすらカーテンから朝日が漏れていた。

俺は自然に目を覚ました。

時計を見るとまだ6時前。普段から早起きが身についている俺は旅先でも早起きする必要がないのにいつも通りに目が覚めてしまう。なんとも悲しい性。

ダラダラと朝寝を楽しみたいのもだ。


こっそりと布団から抜け出し部屋を出る。

とりあえず朝の一服。

喫煙所でタバコを吸っているとこんな早い時間から、制服姿の高校生カップルが歩いているのが見えた。

平日とはいえ夏休みであろうに。部活だろうね。ご苦労。

しかし、朝の起きだしに若い仲が良さそうなカップルを見ると、なんだか腹が立ってくる。


部屋に戻る途中に内湯の前を通ると、空いていた。

この時間は予約が入っていないようだ。

一瞬入ろうかとも思ったが、昨日、実に外湯を5回に内湯を1回、浸かっているわけで十分満喫していたことを思い出してやめた。

それにこれから宿から一番近い外湯に行く予定なのだから。


部屋に戻りゴロゴロしているうちに携帯の目覚ましが鳴り嫁と上娘が起き出した。

時計を見ると7時10分前であった。

「ほう、感心感心。起きれるもんだね、寝坊さんたち」

「まあね。あと一つノルマがあるから」

そんなざわざわした中でも、下娘は起きなかった。

確かに昨夜は遅く睡眠不十分だから起きられないのも仕方ない。

でも嫁は容赦しなかった。

「起きなさい、温泉に行くよ」

「寝てる」

「ダメ行くよ」

「寝てる」

「せっかくなんだから行くの」

「嫌だ」

「寝かせておけば?」

「じゃあ、私たちだけで行くから留守番しててね」

「はあ?なんで?1人で寝かせておけばいいじゃん。俺も行くよ〜」

「ダメ、なんかあったらどうすんの」

「・・・・おい起きろ、行くぞ!」

 俺は下娘の布団を剥がし、丸まった体の尻を蹴飛ばした。

でも、考えてみるとこの部屋へ下娘を一人置いておいたところで、一体何が起こるのだろうか?


五つ目の外湯は宿から徒歩1分。

8時から朝飯なので、時間には余裕があるので各々適当にということで別れた。とりあえず入口側にある喫煙所で一服だ。

俺の計画は、サクッと湯に浸かりとっとと部屋に戻り朝酒。

目の前にはファミマがあるのでそこでビア購入だ。


そこそこ広い浴場だ。

天井が天窓で朝日の中で浴びる温泉は実に気持ちが良い。

でも俺の気持ちは朝酒に傾いているので、1分ほどで湯船から上がった。

汗をかく暇も無かった。

ファミマで昨日も買った季節限定のサッポロビールを買い宿へ戻る。

鍵を預けていたので、誰もいない受付のベルを鳴らすとすぐに支配人が戻って来た。

「早いですね」

「はあ」

それしか言いようがない。


部屋に入った瞬間、プルドックをあげた。

プシュッと素敵な音が部屋に鳴り響いた。

やっぱり朝酒ほど背徳的で魅惑的で贅沢なものはない。

俺は今、この世でいちばんの贅沢な時間を過ごしているわけだ。

「朝酒最高!昨日と、これからの1日に乾杯!」

と言ってビールを持て自撮りした。俺はやっぱりバカなのか?

でも、俺はそんな自分が好きだった。


350缶など秒殺だった。

「ムムム、もう一本買っておけばよかった。」と言いつつ、いつの間にか寝てしまい飲み残した日本酒があるのを思い出した。

地酒の香住だ。

地方に来ると、地酒が四合瓶ではなくワンカップで売っているのが素敵だ。

ちょうどいいのだ。

「やっぱ、朝酒は日本酒か?」

俺はやっぱりバカなのだ。

「朝湯朝酒朝寝が大好きで…」

俺は小原庄助さんかよ。

ここで寝たらまさにそうなるな。

まあ、身上潰すほどのものは持ってないがな。でも俺はやっぱりバカなのだ。


そんな朝酒をしているうちに3人が戻って来た。

俺は酒など飲んでないふりをして、「じゃあ朝ごはん行きますか」とご機嫌調子で三人に言った。


朝ご飯は大広間だった。

この宿は静かなので他の客との接触もなかったが、大広間に並べられているテーブルは多く、そこで食している人たちも多かった。 

「こんなに人いたんだ」

「だね」


朝飯は実に正しい朝の旅館飯だった。

実に美味しい。

いつも思うのだが、どこの地方に行ってもコメがうまい。

ここのコメも実にうまい

。昨日も食べたご当地米だね。

思わず二膳目も行ってしまった。

もちろん、漬物を乗せお茶をかけて。


チェックアウトは10時。

あと一時間。それぞれ身支度を始める。

「ところで、今日の予定は?」

「ん〜、迷ってる。出石てところでそばを食べたいけど交通の便が悩みどころ。とりあえずは10:06の電車に乗らないと次は1時間後。慌ただしいよね」

「でも、10時にここを出て1時間何する?この辺で食べ歩きは無理だぜ、いいだけ食べた。外湯っていうには時間が短いな。まさか、まだ土産を買う気?やっぱり、もう出て10:06に乗る?つうか俺はまだ大きい方でてないから無理だけど」

「んん〜。どうしようか。そうだ、昨日行ったカフェいかない?あそこの割引券あるし。そこでゆっくり今日の計画を立てて11時の電車に乗ろうか」

「それでいいか」

「朝ごはん食べたばかりだしフレンチトーストはもう食べれないよう〜」

「飲み物でいいじゃん、別に」

「・・・・・・そうかなあ?」

下娘は何を悩んでいるのだろうか。

フレンチトーストを食べなければならないと思っているのだろうか。

不思議なやつだ。


我々はチェックアウトを済ませ外に出た。

「暑いぃ〜コンビニ行こう」暑がりの下娘のいつものセリフ。

「夏だもん暑いの当たり前」ピシャリと上娘。

今日も真夏の真っ盛り。

予想気温は昨日と同じで36℃だ。

すでに30オーバーだな。

でもこれから3軒隣のカフェへ行くからこんなもの平気だ。

「すぐに涼しくなるよ」


もちろんカフェは冷房が効いていて涼しかった。

各々、冷たい飲み物を頼み今日の予定をどうするか話し合った。

「出石に行くには結構面倒。そばは食べたいけどやめる?」

「つうか、蕎麦食べたいのあんただけでしょ?別にいかなくてもこちらには問題ないね」

「そう。じゃあ、このまま天橋立に行こうか」

「つうか、もうそれしかないんじゃない。明日ワタワタするより今日早めに行ってあちこち周ったほうがいいかもね」

「じゃあ、そうしようか」


このまま電車の時間までここで涼んでいたいとこだが、飲み物1杯ではそうそう粘れず30分ほどで出ることにした。

まあ、駅の待合室なら椅子もあるだろうし冷房も効いているはずだ。

電車が出る時間までぼうっとしているのももったいないが仕方がない。

思った通り、待合室は涼しかった。

時間を持て余している嫁と上娘はこのクソ暑い中、近くの土産屋へ行った。

下娘は昨夜の遅寝による睡眠不足のため、ベンチに横たわり寝始めてしまった。まだまだ子供よ。

俺は、ここぞとばかりに売店へ行きdry500缶をゲットした。

もちろん時間つぶしのドリンキングだ。

プルドックを開ける音がプシュりと待合室に響いた。

この音を聞いたのは売店のおばちゃんだけだろう。

待合室には俺と下娘以外に誰もいない。

人目をはばかる必要がないので、俺はぐびぐびと喉を鳴らしdryを飲んだ。

「ふぅ〜、実にうまいね!こんなにうまいのにあんたはお眠ね」

横で寝ている下娘に意味もなく呟いた。

俺は下娘の顔の横にビールの缶を置き写真を撮った。

酔いつぶれたサラリーマンみたいだ。

いい写真が撮れた。

電車の出発時間10分前に2人が戻った。


電車は鈍行の2両電車。

ほどなく発車したが10分もかからず乗り換えをする豊岡駅に着いた。

ここからはJRではなく丹後鉄道というローカル私鉄に乗ってのろのろと天橋立に行くわけだ。

時間は1時間ちょい。

まあ、慌てる必要がなくなったのでちょうどいいだろう。


丹後鉄道の改札を抜けるとそこには随分古臭い1両だけの電車が止まっていた。茶色くてひどく古臭い。

まあ、地方にありがちな、都会の電車のお古を使っているのだろう。

それにしてもいい感じでレトロだ。

近づいてみると車体には丹後鉄道のロゴだろうか、○印の中に丹と描かれていた。

「うわ、かっこいい〜」

俺は思わず声をあげ、携帯を取り出して写真を移した。

車体も古臭い割りにはピカピカでカッコいい。

すっかり参ってしまった。


ホームには誰1人人は居なかったが電車の中はほぼ座席が埋まって居た。

でも、いい具合に4人分の席は確保できた。

これまたシートが古臭い。

向かい合ったボックスシートではないが作りはそれと同じ。

窓の下には灰皿こそないが昔ながらのものを置ける小さいテーブルがあった。

当然頭上にはゴム張りの荷物置き。

床はまるで体育館のような板張り。

シートの柄は渋い市松模様。

レトロにもほどがある。

でもこれはかなりイケてる。ある意味クールだ。

そしてワンマンで、運転席が車両前部の左側にあり、残りの部分は何も遮るものはないので前方がはっきり見える。

ゆりかもめやロマンスカーのように前が見渡せるのだ。

素敵だ。

その前の窓の上には地方のバスと同じような電光掲示式の料金表。

すっかり気に入ってしまった。

やるぜ、丹後鉄道。


俺は車体に描かれていた○印に丹の字が気に入り、もしやあのロゴグッズはないか、調べてみた。

残念ながらそれはなかった。

ついでに丹後鉄道について調べてみたがここの電車は最近、大人気のJR九州の超豪華クルージング列車をデザインした有名デザイン家が、デザインしているらしいのだ。なんかデザイン連発。

なるほど、実はお古の電車じゃないだ。

俺は、そんなことを調べながら先ほどの売店で買っておいたdryを口にした。

「う〜ん、スパーdry!」

思わずセリフを口にしてしまった。

「えっ、何?」

「ん?スーパーdryさ」

「はあ?」

上娘は意味がわからないようで、ポカ〜んとしていた。


この電車の利用者はほぼジモティーで、途中で乗ってくるのも一般ジモティーや部活帰りのジモティー高校生ばかりだ。

外の風景は田畑や森林。

まあいわゆるところの田舎風景。

dryを空けしばらくすると遠くに海が見えた。

そろそろ着くのか。


降りた駅の名は天橋立。もろだな。

駅は新しく立派だ。

観光案内所が併設されている。

俺はもしかしたら売店に丹後鉄道グッズがあるのだはないかと探してみた。

しかしグッズどころか売店もなかった。

こんなに立派な駅舎なのに。売店がないなんて。

嫁が観光案内所で周辺マップをもらい、展望台への行き方を聞いていた。

事前に買ってあったガイドブックによると、展望台は4箇所あるのだが、そのうちのメジャーな2カ所を回ろうと相談し決めていた。

俺は一服しようとしたが喫煙所はどこにもなかった。

嫁が戻ったので、今宵の宿に荷物を置きに行くことにした。

まずは身軽になってそれから観光だ。


「ねえ、今日はホテルだよね?」

「そうだよ」

「やったあ〜!」

ホテル大好き下娘が喜んだ。

下界は真夏真っ盛りの高温状態であった。

お天道様もガンガン照りつけてくる。

ホテルは駅から道を挟んですぐにあった。

駅前はちょっとした土産屋と食堂しかなく寂しい。


ホテルの諸々の手続きは嫁に任せ、俺は目ざとく喫煙所を見つけ一服タイムとなった。それにしても今時どこのホテルも、館内全面禁煙が当たり前だ。館内に喫煙所が設置しているならまだ良いが、屋外に灰皿が置かれているというのがほとんどである。

昨夜の旅館みたく個室の喫煙所があるのは珍しい。

というわけで今宵の宿であるこのホテルの喫煙所は海に面した裏庭の片隅に安っぽいパラソルの下に灰皿が置かれているだけであった。

どういうわけだか。


景色はいいが、この夏真っ盛り状態ではゆっくり吸う気分にはなれず、必殺早吸い男になってしまう。

ものの1、2分で吸い終え館内に戻った。 

受付の手続きは終わったらしく3人は早速土産コーナーを物色していた。

それにしてもこの3人は観光地土産が好きだ。

当然、自分達への。

とんだカモだぜ。

「さあ、行こうぜ」

「どこへ?暑いから嫌だ!」

「まずは対岸の展望台に登って、そして戻ってきて反対側の展望台に登ろうよ」

「暑い〜」

「で、対岸に行く方法は?」

「橋立を歩くか自転車。または連絡船」

「行きたくない〜」

「この暑さじゃ当然連絡船でしょ、なあ?」

俺は上娘に問いかけた。

「えっ、何が?」

「聞いてないのかよ、お前は?」

上娘は全く無関心、なるようにしかならないのが信条のようだ。

今日からレット・イット・ビー娘と呼ぶことにした。

「つうかさっきから、下の方でガヤガヤうるさい音がするけど」

下娘をにらんだ。

「いいの、無視。じゃあ、連絡船ね」

「さっき喫煙所で連絡船の乗り場への矢印看板があったからそちらから行ってみよう」


俺たちは裏庭に出て、矢印通り歩いた。

それにしても暑い。

汗をかきかき5分ほど歩くと船着場に着いた。

このクソ暑中、結構な人だ。

まあ、俺たちと同じ夏休み家族旅行だね。

対岸まで行く遊覧船は今の時間15分ごとに出ている。

時計を見ると次の船までは10分ほどあった。

待合室には30人ほどいた。

暑い中ご苦労さんだ。まあ、俺たちもだけど。

待っている間、俺は付近をプラプラした。

暑いのにそんな事をするのはタバコを吸うスポットを探すためだった。

嬉しいことに船着き場のすぐ斜め前のレンタルサイクルショップのそばに灰皿が置いてあった。

俺はそこでタバコを吸いながらあたりを眺めた。


橋立って実は完全に陸続きではないことを発見してしまった。

なんと。こちら側には橋があるのだ。

しかもその橋は回転式で船の往来ができるらしく、その様子も実は名物だったらしい。

でも俺はそんな事実は知りたくなかった。

橋立は陸続きであって欲しかった。

でも改めて考えてみると、天橋立って竜が天に昇っていく様子に例えられているわけで、こっち側が尻尾だとするとここだけ陸続きでないのも納得!ってことにした。

そうなるとこの橋が回転するとこ見たいよなあ、と思ったがタバコを吸っている間に回転することはなかった。


待合室に戻るとすでに下娘はへばっていた。

「おいおい、今からそれでどうなんのよ?」

「あづいぃ〜」

「まあ、頑張れ。ん?あれ何?」

改札の横の壁に置かれているテーブルに小さいかっぱえびせんの袋が山積みにされていた。

「なんでえびせん売ってんの?」

嫁がそばに行って、戻ってきた。

「遊覧船のデッキからえびせん投げるとカモメがキャッチするんだって」

「へえ、それで売ってんだ。まあ、どうでもいいけど」

俺は興味もないのでスルーしたのだが、嫁と上娘がもうやる気満々だった。

「ねえ、やってみようよ!」

「面白そう!やりたいな」

俺はノーコメントで二人を温かい目で見つめることにした。

すると二人はそのえびせんを三つも買ってきた。

頑張れ、お二人。

きっと楽しいことでしょう!俺は興味ないけど。

下娘も暑さのため全く興味なしだった。


遊覧船が着いた。

多くの先陣隊が降りてきた。

そして入れ替わりこれから対岸に向かう人たちが乗り込む。

もちろん俺たちも。

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城崎にて・・・・・・? ジョニさん @dousan

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