医者の戯言

医者の戯言

いつも通る道をなんとなく運転する。

エンジン音を聞いて、ギアチェンジをする。

好きで買った車も、今日はどうも煩わしく思えてくる。

青から黄へと変わる信号に舌打ちして車を停止させれば、対向車は平然と信号を無視して突っ込んで通りすぎていった。

「こういうクズがいるから。」

はあ、と長く息を吐いて信号を睨み付ける。

別に医者になりたい訳じゃなかった。

親も祖父も医者だったから、なるのが当然だっただけだ。

病室で痛々しい様子で笑うあの子を思い出して、何とも言えない感情がじんわりと広がっていく。

ぎりりと歯が鳴った。

パッと変わった信号に、そっと左折して加速する。


右足はもう動きません。


そうあの子の両親に告げれば、母親は泣き崩れた。

父親はあの車さえいなければ、と呟いた。

交通事故にあった子どもの将来は潰されて、犯人の将来は潰れず。

免許なんてろくなもんじゃねぇな、なんて思う。

鉄の塊を動かす許可証、他人の命を救う技術を認め救うことを許す証。

学生の頃は、注射器を持っているような単純なイメージくらいの、なんとなくで考えて取ろうとして取った医師免許だが、働きだしてふと思う。

半端な気持ちでとっていい許可証なんてない。

交通事故の加害者、先輩と言いたくない医者。

「やってらんねえ。」

交差点でまた信号に捕まって、停止する。

コンビニで買ったアイスコーヒーを飲もうと口へ運べば、ズゴゴと薄いコーヒー風味の水が口に入った。

信号を睨めばまだ赤色。

カップの中の氷を口に入れて噛み砕いた。

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医者の戯言 @Rin-maron

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