記録7 近接格闘訓練

――訓練所


 訓練所は無骨な外観の船からは想像できない程一面真っ白で、充実した設備が整っている。


「おっそーい!」

 シークレットはスポーツウェアに身を包み、くびれた腰と引き締まったお尻が目立つ健康美の生える恰好でストレッチをしていた。

 

 だが、彼女のボディラインの映えるウェアは非常に問題がある……。小柄ながらも引き締まった身体はある種の危険なフェロモンを出している。


「あー……待ったか?」

「もー待ちくたびれたよ。何着ようかなって悩んじゃったぁ。」

「あ~……そか。」

 ケイは目をそらして頭を掻く。


「またジャックにいじめられてたんじゃないの??」

「いや、ジャックはあー見えて医師として一流だよ。」

 それを聞いて微笑むシークレット。


 彼女は近接格闘術クロースマーシャルアーツをマスターしようと日々鍛錬に励む同士でもある。軽い足取りで歩み寄り、ケイを上目遣いで見上げる。


「さっ!一緒にストレッチしよ♡」

「……ちょっと着替えるわ」

 頬を引きつらせて返事をするケイ。

「うん♡」

 ケイはその場で衣服を脱いで、壁にかかっているウェアを切る。

 

 シークレットは彼の着替える姿をあぐらをかいて両ひざに頬杖をつきジッと見つめていた。

 ケイの肉体美……はもちろんのこと、鍛錬を怠っていないかを確認しているわけだ。


 シークレットは地球人でいえば27歳程で、ケイよりも10歳は年上のお姉さんだ。

 しかし、魚人属マーフォークの中でも、小柄でカラフルな可愛らしい子が多いと言われている種の童顔美女である。

 そんな彼女と手を繋いで背を伸ばしたり、腰を捻ったりとゆっくりストレッチをする。

 魚人属マーフォークである彼女の手足やうなじには鮮やかなレースのようなヒレが見える。


「よーし!準備できた?」

  シャドーをするシークレット。

 

「十分だ。」

「じゃ、早速スパーリングからね!」

 2人が手の甲を重ねると、ウェアが起動し半透明な膜が身体を覆い、訓練所の四方にあるカメラが2人を追尾し始める。


 まるでJelly Fishクラゲのようなその膜はウェアに仕込まれた訓練用サポーターで、直接的なダメージを3分の1まで低下させてくれ、かつその衝撃を数値化してくれる。


 彼女はウズウズして仕方がない様子でトントンッとリズムよくステップを踏み構える。

 ふうっと息を吐くと、キラキラとした眼が一転、圧のある鋭い眼差しとなる。


 ケイもそれに呼応するように構えると、互いに間合いを図り始めた。


「おいで。」

 ちょいちょいっと前に突き出す左手で余裕の挑発をする。


「……あぁ。」 

 ゆらりと動き、呼吸のリズムが転調する。


 力強く飛び込むと手数で彼女を撹乱。相手が下がれば前に出て、付かず離れずの攻防を広げる。

 彼女の手足の動きはまるで波のよう。緩やかで滑らかな足捌き、細やかで繊細な腕捌きは最小限の力でケイの攻撃をリズミカルに弾く。


「っと、と、ちょっ。」

 しかし、徐々にギアを上げていくケイ。その圧にシークレットは後退する。


「ほんっとムカつくね!ウチがどんだけ鍛錬してると思ってんの?こないだまで手も足も出なかったのにね!」


「……舌噛むぞ!黙ってろ!」


――ビーッ!!

 彼女の両腕の蓄積率が上がる。


 ケイは腰のダミーナイフを持ち彼女の脚を刈りに出る。


「ふっ!」

 シークレットは前蹴りを放ち一息距離を取る。そして、一気に距離を詰め、ケイの腕を巻き込みナイフを奪う。


 そして、荒波のように激しく岩壁をエグるように鼠蹊そけい腋窩えきか、首と的確に急所を狙う。


「ハイッ」「ハッ!」「サァッ!!」

 マシンガンの様なラッシュ。 


(っく……)

「ふっ!」

 激しい連撃を紙一重で捌き切る。


ピッピピッ! 

 打たれた部位が激しく明滅し、じわじわと蓄積するダメージ。


 蓄積値が上がるほどその部位が重く感じる。短時間の訓練でもより実践的に疲労度を表現する。


「ケイー。動きが大きいよっ、視線に惑わされないで、呼吸を感じて!」

 シークレットはアドバイスまでする余裕すらある。


「……」

 集中力が高まるケイ。


(♡)

 シークレットはケイのその様子に笑みを浮かべる。


 激しい攻防の中に僅かな隙を探すケイは、連撃後の僅かな呼吸を見逃さない。息を吸う一瞬、筋肉は弛緩し各部位への血流が促進されと脳が次の動きへの準備をする。

 スイッチを入れ替える瞬間である。


ス――

 彼女の重心は後方に僅か5%ほど傾いた。踵が着くか着かないかの僅かな間だ――

 

 それを目視しているわけじゃない。

 だが、交える手数が増えるほどに感覚を共にする。


 切先を紙一重で躱し、地を踏みしめる直前の彼女を支える軸足を刈りにいく。


「へへっ!でも、あっま~い」

 まるで巨木の如き足腰の強靭さにはじき返される。


ピピッ!

 極僅かな蓄積。


「ちっ」

 シークレットの誘いにまんまと乗せられた。


 ケイが脚を引く前にシークレットは間を詰め。大腿部を刺し、両腕を裂く。そして、片脚のケイは後方に大きく跳躍するが、彼女もまた素早く跳躍し、宙で身動きのとれない彼の腹を貫き、地面に叩きつけた。


ビーーーー!!!!

 致命傷だ。


「はい、1KILLね〜♡なんだー情けないぞ〜❗️世界の殺し屋の名が泣くよ??能力チカラが無いとダメなのかな〜?」

 再び手を前に出しちょいちょいっと挑発して見せる。


「っざっけんな!」

「もういっちょいくよ!」

 第2ラウンド。


「そうそう、いいよっ!」


――その後しばらく試合を繰り広げた。


――……

「はーっ!疲れたね~!良い訓練になったっしょ?」

 大の字で寝転がるシークレット。


「あー、くそっ……何回死んだ?」

 悔しそうにスパーリングデータを見る。


「全然悪くなかったよ!ウチは3回は死んだかな。 正直結構際どかったと思う。」

 

 ケイはタオルで汗を拭きとり彼女を見る。

 大きく息を吸って、首にかけたタオルを両手で握りしめ、天窓から見える星を見上げた。


 「何にも興味はない」と言いつつも、武術を学び能力に頼らない生き方を模索するところ「そこが良いんだけど。」なんてシークレットは微笑む。


「悩める青年よ!私がチカラを伝授しようぞ!お姉さんに任せなさい!」

 すくっと立ち上がって胸を力強くドンと叩いた。


「でもさケイ。正直信じられないよ、ヒト属じゃ考えられないフィジカルだもんね~。どうやったらそんな肉体が作れるの?勿体無いなぁー、その有り余る肉体を使いこなせていない感じなんだよね〜……」

 

 シークレットの言う通り、ケイは常人の身体能力の100%近い状態、火事場の馬鹿力みたいな状態をキープしているようである。

 普通ならその時点で皮膚は裂け、筋肉は切れ、骨は砕けてもおかしくは無い。


「んー……オレは地球人からなー、地球人ってのはヒト属の中でもフィジカルが強いってわけじゃないのか?地球人のことはのく知らんけどな」

 自分の身体能力の不自然さをいまいち理解していないケイ。


「確かに……では〝黄猿イエローモンキー〟とかって呼ばれてたか。……身体能力と技術のバランスか……」

「そうそう、イメージに身体がついていかないんじゃなくて、身体にイメージがついていかない感じかな」

「へえ~、なるほどね。サンキューな」

 2人は微笑んだ。


「さーて!ウチはシャワーでも浴びようかな!ねぇねぇ一緒に入っちゃおっか?」

 

「はー?ふざけんな!」

「へへっ♡」

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STARDUST JOURNEY ほしのみくる @Nurse3916

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