記録6 AI

――機関室


 ジークフリードは、併設されたメンテナンスルームにいるアイの調整を遠隔で行う。

 真っ暗な部屋の中で、青色に発光する3つ目のゴーグルを装着し作業をする。


 卵型の大きなカプセル内に立つ裸体のアイ。

 肌にある毛穴程の隙間から覗く小さなジョイントにコネクターをいくつも刺し込まれ、首筋には鋭い電極を刺し込まれ、アイの躰は大きく仰け反る。


――グンッ……ビクン


 そして、無色透明な液体と薄紫色に発光する液体の入った2つの容器から伸びるチューブがアイの前腕の人工血管に接続される。


「ジーク様、聞こえますか?最近は戦闘しておりませんし、特に異常はないかと思われますので」

 アイは別室でモニタリングするジークフリードに向かって話す。


『……。』

 機械音とキーをタイピングする音だけが響く。


 ジークフリードは無言で壁一面にある巨大なモニターを見ながら両手で器用に操作している。


「あの~……。」

『……よぅし……準備完了。』

「あの、ジーク様?聴いてます??」

 彼は作業に集中すると周りが見えなくなる癖があった。エンジニアとして妥協が出来ないたちなのだ。


「あのーーーー……ジーク様?」

『ん?……あ!?す、すまん!……女性レディの話を……なんでオレはいつもこうなんだ!だあっく!!申し訳ない!』

 ドッシリと腰かけている椅子の手すりを叩き頭を抱えて項垂れる大男。彼は「ど」が付くほどの真面目で「ど」が付くほどの天然だった。

 

「もー、ジーク様ったら。」

 クスクスッとアイがジークフリードの相変わらずな所に笑顔を見せる。

 彼女はアンドロイドであるが、ヒトらしい表情や仕草を日々学習し、しばしば相手に合わせて対応を変えているのだ。


「相変わらずですねジーク様。」

『すまん!アイ君!』

 こりゃぁ参ったと、恥ずかしそうに頭を掻きながらも着々と作業を進めていく。


『さて、ちょっとキツイが人工血液ライトブラッドの除染を始めるぞ。』

「ええ、お願いします。私たちアンドロイドは苦痛を感じませんので、心配されなくても大丈夫ですよ。冷却水の交換も同時で構いません」


 画面に映る〔実行〕ボタンを押すと、アイの足元からサラサラと半透明な液体が流れ始め、数秒の間にカプセルは液体で満たされ、アイは水中に浮く人形マーメイドとなる。


 その半透明な液体に数億のナノマシンが浮遊している。

 肌の表面や髪、組織の隙間を流れ洗浄し、小さな傷であれば秒で修復、大きな損傷はデータ化し数時間から数日をかけて再構築するという超絶先進的な技術が盛り込まれている。

 修復する際に生じる淡い光はまるで暗闇に浮かぶクラゲの様に幻想的だ。


 過去に生産された一部のアンドロイドの心臓部には、動力源として超小型の核融合炉かくゆうごうろが埋め込まれていた。

 メンテナンスさえ行き届いていれば半永続的に稼働することが可能と考えられている。

 しかし、このように人工透析で放射能に汚染された人工血液ライトブラッドを定期的に除染する必要があり、そのためにやや大型の設備が必要であること、それが専門的に行える人材が必要であること、どれだけ早くても3~4時間は掛かかるため、軍隊等が保有していることがほとんどのタイプのアンドロイドだった。


 ――が、戦後生産は中止となり、残存していた機体は回収・破棄されている。


 その小さなカラダからは想像もつかないほどの圧倒的破壊力で一騎当千を誇った。そして、その一体一体は核爆弾を搭載していた。

 一体ごとの戦闘力もさることながら、人込みに紛れた彼女たちの自爆により多くの民間犠牲者を生み、汚染が進んだのである。


 故に世界的条約のもと、取り締られ回収破棄されてきた。

 

 アイはその内の一体。ただし、核爆弾は除去されていた。

 

 だが、大銀河連盟ロウ(LOU)の条約にて核搭載人型人工知能について、連合と帝国のそれぞれ5つ、独立星団の内2つ、計12の惑星はその所持と開発・運用を認める、と定めた。

 連合・帝国・独立星団、己が領域内における世界情勢を揺るがしかねない戦争が発生した場合、終止符を打つためのを超法規的措置として利用することを許されている。

 

 この人工血液ライトブラッドは核融合に必要な〝重水素〟や〝ヘリウム〟を液状にしたもので、生体の血液のようにカラダの中を循環している。

 暗がりで薄紫色に光る特徴的な性質を持つため〝light bloodライトブラッド〟と呼ばれているのである。

 また、核融合反応で生じる放射能を除去するための機能として、血管の傍をリンパ液の様に流れる冷却水も必要となっている。


 このようにアンドロイドの中でも特にアイは古くも珍しい希少型であり、ヒトに近い構造をしている。

 核融合反応による爆発的なパワーに耐えるために、肌や筋繊維、神経系もナノマテリアルで構築されている。

 見た目はヒトそのものだが、ヒトを遥かに凌ぐ強靭さとパワーを持ち合わせているのである。


『相変わらず、美しい……』

 ジークフリードは薄紫色に光り輝く彼女と、その周りでユラユラとゆれるナノマシンのイルミネーションを眺めながら呟いた。


「ありがとうございます」

 アイはその呟きを聞き逃すことなく、恥ずかしげもなく御礼をした。


『あ、あぁ……あ~、そうそう!そうなんだっ。本当に美しいデータがとれたんだ』

 ふと我に帰ったジークフリードは小っ恥ずかしくなり、どもりながらなんとか誤魔化した。

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